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232. 黒豹がまた徘徊する

黒豹がまた徘徊する

2015年7月23日

愛する家族の皆さん、主の祝福が共にあることを祈ります。今日はBen & Jerry‘sのニューヨーク・チョコレート・チップ・ファッジ・アイスクリームを食べる日です。そして私には告白があります。私を攻撃する黒豹が解き放たれて、私を噛んで引きずり回し始めました。この豹に関する詳細は添付されたリンクを参照してください。

昨夜のメッセージを聞かれたかどうかわかりませんが、「CERN、悪の増加、プライドを克服する」でした。このメッセージを受ける前に、「聖書の約束」を使ってレマの言葉を得るために行きましたが、読んだ中の一つが「悔い改め」に関するものでした。私は「えっ、あれ?悔い改めが今私に関係あるのかな、主よ?」と思いました。

自分には関係ないと思いました。ああ、本当に面白いですよね。いつも他の人が問題を抱えていて、自分は主の前で清らかだと思う姿が、本当に滑稽です。

これに関連して、私は庭の掃除について許可を得ました。庭には巨大なミルノキがあり、その木が大量の綿花の綿毛を四方八方に飛ばしているのです。去年は落ち葉を一度も掃除せず、動物が運んできた泥も周囲に積もっていました。だから私は、YouTubeを検索して、庭の仕事に3日間取り組むことになりました。本当に正気かどうかわかりません。

とにかく、私たちのドライブウェイと庭が泥だらけになっていたので、若者2人に庭の掃除と砂利を敷く仕事をしてもらうことを、主は許可してくださいました。私はとても嬉しくて、数ヶ月間この日を待っていました。携挙がまもなく起こると予想していたので、その混乱をそのままにしておくべきだとも思っていましたが、それも私は嫌でした。仕事を終えるのに数日かかり、私は自分の精神が、本来の仕事から掃除に移っていくのを感じ始めました。

感じが良くなかったですね。良くないサインだと感じることができました。すべてを整理し、すぐに整理し、すべてを終わらせ、再び仕事に集中したいという、強迫観念が私の中で湧き上がるようでした。しかし、こういうことにはそれぞれのサイクルがあります。強迫観念は私をどんどん遠くに引きずっていきました。例えば、垂れ下がったフェンスに穴が開いていて、動物が入れるような変な大きさの板がある、使い物にならないほど垂れ下がった門はどうすればいいのでしょう?四方に穴が開いていて、まっすぐに立ってもいなくて、見るのも目が痛いほどですが… だから、交換する必要があると思いました。

この件について、私は主にまず確認もせずに行動しました。私は「ダメ」と言われるのを聞きたくなかったのです。聖書の約束を開いたとき、欲望やお金や傲慢などを開きたくありませんでした。ああ、この態度は決して、決して良いものではありません。木材店に立ち寄って新しい門を取りに行かなければならないという、強迫的な黒豹に引きずられる感覚がありましたが、無視して「これが最後だ」と自分に言い聞かせ続けました。そして、自分にずっと言い聞かせていました。「とにかく門を修理すれば、これで終わりだ」と。

私は主に尋ねずに、ただやらなければならないと思いました。しかし私の心の中では、やらなければならないことを常に探し続ける強迫観念があり、本当にたくさんの仕事がありました!だから素敵な新しい門を買って、その若者たちに設置してもらおうとしました。その間、エゼキエルはレマの言葉を通じて、お金、世の中、妻、整頓された庭への欲望、病気など、強迫的な衝動に関する悪い言葉を受け取り始めました。

そこで私は私の心の傷を癒すために祈りの場に出かけ、主はこの病について確認してくださいました。黒豹が解き放たれ、私はコントロールを失いました。私は悔い改めました。主が正しかったのです。昨夜、「聖書の約束」を通じてレマの言葉で悔い改めについての言葉を、受け取りました。そして主はこう言われました。「あなたが私に繋がれないということは、私があなたに繋がれないということではない。もちろん、私たちのコミュニケーションは相互的でなければならないが、このような不一致のコミュニケーションの一因は罪悪感だ。これはあなただけでなく、他の多くの人々にも頻繁に起こる問題だ。さて、それはさておき、私たちはやるべきことがある。」

私は主との繋がりに問題があったのですが、私の完璧主義的で強迫観念的な黒豹が、庭の整理に私を引き寄せていたため、本当に主との繋がりに苦しんでいました。労働者たちと一緒に働き、作業時間を何分か短縮し、労働者たちを確認し、早く家に戻って十分な睡眠を取るべきでしたが、そうできない状況が続きました。状況も気持ちも良くありませんでした。

昨夜、主が罪悪感についてお話になったとき、私はその罪悪感が「偽の罪悪感」だと思いました。しかし、それは違いました。それは本物の罪悪感についての話でした。クレアへのイエス様の言葉でした。「私の言葉をよく聞きなさい。それは罪だ。考えがずっと漂っているが、罪を告白するようにしてほしい」、という意味でした。

「私たちをイエス様から遠ざけるのは偽の罪悪感です」という内容の言葉を私が述べている間、ビデオで私が罪悪感を否定する姿がそのまま見られます。いいえ、それは偽の罪悪感ではなく、本物の罪悪感です。皆さんも自分自身に問う必要があります。主との関係に問題を抱えている場合、自分が何を覆い隠しているか、隠しているものがないかを見つめ直す必要があると思います。

主が喜ばれないことを知りながら、言い訳をすることがないか、よく考えて告白する必要があると思います。

悔い改めたとはいえ、祈る間、私はその醜く古く壊れた鉄のフェンスが頭から離れず、それが私を攻撃していました。「私はあまりにも醜いから、二度と立ててはいけない!他の新しい門は私のようにめちゃくちゃじゃないから、完璧でうまく機能するだろう。素敵な新しい砂利道に穴が開いて、ぐずぐずしたゴミのような私を再び立てたいと思うだろうか?どのみち新しいものはとてもきらびやかで完璧じゃないか?」と言っているようでした。

今夜、私は引っ張られる感覚を感じました。一方では、私が礼拝を捧げようと努力している私を支え、私がどれだけよく努力しているかを理解してくださる主が私を引っ張り、もう一方では、門とフェンスについての思い、黒豹との格闘、だからこれは本当に良くないという思いが私を引っ張っていました。自己中心、物質主義、完璧主義という怪物と私は格闘していました。このような私の姿を皆さんが笑えるように、主は私が全てを話すことを望まれました。もちろん、共感できない方もいらっしゃるでしょうが、たとえそうであっても「主よ、私だけではないですよね」、と言って私の愚かさを正当化してはいけません。

ああ、この傲慢と自己意志というのは滑りやすい斜面です。

主は、私のこの問題が他の人々と同じだとおっしゃいました。だから、今日私たちに与えられる教訓のために、私を準備してくださったのです。皆さん、「黒豹」を捕らえて縛り、檻に閉じ込めてください。しっかりと閉じ込めて、二度と徘徊させないようにしてください。そして、世の中の要素が浸透していない清らかな心で座り、主に耳を傾けてみてください。私の言葉を試してみて、その効果がどうか確認していただければと思います。

「主よ、私が持っている多くの悪い習慣や弱点の中で、ただ一つを共有しました。今日、私たちに与えてくださるメッセージはありますか?私の愚かな姿を共有することだけが主のご意志ですか?」

「真実をよく語った。あなたの愚かさは、ある意味でよく似合っているようにも見える。」

「私の花嫁たちよ、まず最初に、私はあなたたちを非常に非常に愛している。しかし、あなたたちの性格には困難をもたらす側面がある。それは自分自身をあまりにも、高い基準に合わせようとすることだ。もしあなたたちの意識の中で、私があなたたちと取り組んでいる何かの問題に気づくならば、あなたたちはためらい、その問題について私に完全に心を開かなくなるだろう。」

「私の愛する者よ、あなたたちがエネルギーを注いでいるその仕事が、本当に価値があるものか?それを天秤にかけてみてほしい。あなたたちの悪い傾向や罪を追いかけることと、私の臨在とを天秤にかけてみてほしい。あなたたちも知っているように、結局はあなたたちの選択にかかっている。あなたたちが選ばなければならない。あなたたちの内なる何かが私を正義の神と見ていて、もし私があなたたちの内に入ることを妨げているなら、あなたたちの暗い部分を露わにしたくないため、あなたたちは私に完全にオープンではない。」

「人生には罪の様々な層が存在する。あなたたちは一度に多くのことを扱うことができない。しかし、私はどの状況で何が行われるかを選ぶ。なぜなら、あなたたちがその問題をうまく取り扱い、前進できる時だと私が知っているからだ。あなたたちが自分の過ちを認め、変えようとする良い意志があり、必要な恵みが与えられているなら、あなたたちはその問題をうまく扱うことができるだろう。その時、私はあなたたちを悪い傾向と罪の穴から、救い出すことができる。しかし、あなたたちが自発的な心を持っているかどうか考えてみて、昨日クレアを通じて伝えたメッセージのように、それを一旦脇に置いておくといい。なぜなら、私たちにはやらなければならないことがあるからだ。」

「今日、私はあなたたちに昨日と同じことを言っている。しばらくの間、罪悪感を手放して、私と時間を過ごしてほしい。あなたたちがまだ取り組もうとしていない問題があることを、私たちは両方とも知っている。私から離れることは、あなたたちを弱くし、強くしない。そのままのあなたで私のところへ来て、私と一緒にそれを解決しよう。やるべきことが多く、あなたたちに与える贈り物も多い。しかし、その悪い傾向はあなたたちの道に障害となる。霊的で精神的な障害となる。最良のシナリオは、あなたたちがその悪い傾向について真剣に取り組み始め、それを足下に置いて、『これ以上はダメだ。私はこれを終わらせる』、と言うことだ。」

「しかし、あなたたちがそうする準備ができていなくても、私のところへ来てほしい。私たちにはやるべきことがある。働く過程で、私はあなたたちの焦点をあなたたちの過ちから外し、収穫できる実りに移すだろう。恵みと収穫で成長するにつれて、あなたたちは強くなることを感じるだろう。あなたたちはその悪い傾向に立ち向かい、それを打ち負かしたいと思うようになり、あなたたちの人生からそれを取り除きたいという願望が、強くなるだろう。私との交わりの利点は、あなたたちが悪い傾向を追いかけるときに得る楽しみを、はるかに超える。」

「これを理解してほしい。敵はあなたたちの弱点を利用しようとするだろう。他人からあなたたちの注意をそらし、あなたたち自身の罪悪感に集中させ、あなたたちの道を邪魔しようとするだろう。これはあなたたちの仕事とあなたたちの善行を深刻に妨げるだろう。私の花嫁たちよ、残りわずかな時間の間に、私にはあなたたちのためにやるべきことが多い。私があなたたちと取り組んでいるいくつかの問題を、あなたたちが克服するのを私は本当に見たい。あなたたちが克服すればするほど、私たちは新しい土地へ進むことができる。しかし、もしあなたたちがその悪い傾向を手放さなければ、あなたたちは敵の矢の標的になるだろう。」

「だから、考えてみてほしい。私のところへ来て、その問題について一緒に取り組んでほしい。」

「私は今、あなたたちに勇気という祝福を与える。あなたたちの十字架を担い、さらに十字架に打ち付けられる勇気を与えたい。そして復活があることを覚えておいてほしい。それは本当に価値がある。」