293. 悲しまないで、喜びの朝が来る
悲しまないで、喜びの朝が来る
2015年10月17日
主よ、この望みの言葉がHeartdwellersの家族と愛する人を亡くした者たちに、平安をもたらしますようにお祈りします。
「今日は愛する人を亡くした者たちに話したい。」
テサロニケの信徒への手紙一の4章13節から18節。
兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。
イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。
主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が來られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。
すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って來られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、
それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。
ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。
「これは私があなたたちに与えた最も尊い約束の一つなのだ。なぜなら、死の苦しみはこの世で最も大きな喪失感であり、愛する人を失うことは、胸の真ん中に巨大な穴を残す、最も胸が痛む出来事だからだ。」
「私は今この言葉をあなたたちに話しているのは、あなたたちの中の何人かが、最近愛する人を亡くしたからだ。彼らの多くが私と共にいることを、あなたたちに話してあげたい。あなたたちはまだ救いがどのように成し遂げられるのか、その深さや広さを理解できていない。ただ、私の言葉を単純に受け入れ、神の国の魂を連れて来る私の務めを、できる限りのことで助けてほしい。」
「しかし、私の心の中にある憐れみについては、あなたたちが知らないことがあまりにも多い。私は一人の魂を、はじめから最後まで見ている。彼らが命の終わりに苦い心を持つに至る理由を、私は深い所から理解している。彼らが私について何と思っているか、私は見守っている。彼らが自分の罪の醜さゆえに私には愛されないと信じて、寒さに震えている姿を、私は見ている。私は私の愛を確信させるため、私の使いを彼らに送る。しかし、この機会を得られない人はどうなるだろうか?」
「そう、あなたたちは知っている。私はこのことをずっと前から多く話してきた。私の憐れみが道を見つけ出し、その魂たちに最後のチャンスを与えるために進んで行く。私について知られていることには、多くの偽りがある。厳しく、残酷で、憐れみのない神の姿は、正義の仮面を被った宗教の霊が作り出したものに過ぎない。それでも私が私の子を忘れることができようか?いいえ、私は真実を告げるが、あなたたちの母が子を忘れても、私はけっしてあなたたちを忘れない。」
「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも、わたしがあなたを忘れることは決してない。」イザヤ書49章15節。
「この地上に、私のものでない人間がいるだろうか?いいえ、人間の中に私のものでない者はいない。悪が一人の魂を内側から飲み込み、残されたのが恐ろしい殻だけになったとしても、私はその残りに訴えかける。」
「あなたたちの多くが、そのような状態の親戚を見てきたことだろう。悪に占領された魂は本当に多くいる。内側が否定的な考えでいっぱいのこうした人々は、他人が和解を試みるあらゆる努力を拒否する。それでも私は彼らを諦めない。そんな時でさえ、私には計画がある。私は他人が複製できない仕方で、理解できない仕方で、魂たちと相互作用する。」
「これを言う理由は、あなたたちの中には、もう二度と愛する人に会えないと思って悲しんでいる者がいるからだ。今言っておく、あなたたちが祈った人の中で、ほとんど誰も最後の時に私を完全に背いたわけではない。約束されていないか?『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。』」使徒言行錄16章31節。
「使徒パウロがその言葉を言った時代に、一つの家族がどれほど大きく形作られていたか分かるだろうか?少なくとも30人から45人ぐらいだった。親戚、召使い、農場労働者、子供や孫、いとこ、伯父や伯母たち。彼らのためだけに、私がこの予言の言葉を話したわけではない。この言葉は代々受け継がれ、あなたたちが信仰をもってこの言葉を受け入れれば、同じ恵みを受けることになるだろう。」
「また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。」ヨハネの福音書17章20〜21節
「そのうち、あなたたちの多くが愛する人と再会するだろう。あなたたちは天国の豊かさを探検し、この地上での良い思い出を振り返り、天国全体に響き渡る礼拝の招きに従って共に過ごすことになる。」
「その報いの時、その栄光の時に、涙は拭い去られ、全てのものが私と和解するだろう。」
「あなたたちの動物たちが走って来てあなたたちを出迎えるだろう。あなたたちは動物の考えを理解し、地上では想像もできなかったほど、動物たちと親しい友達になれる。コミュニケーションの障壁はないだろう。あなたたちと対立し、いつも戦っていた親戚たちの心も柔らかく、従順で、完全に理解し共感するはずだ。あなたたちもそのように彼らを扱うだろう。これがどれほど驚くべきことか分かるだろうか?ああ、これは想像を絶するものだ。この地上ではあなたたちが互いに抵抗を感じていたが、天国では愛と受け入れと理解以外は何もないだろう。」
「地上では、あなたたちは人間関係に疲れを感じることがあった。多くのことが伝わらず、誤解され、疎外感を覚えたものだ。そのようなすべての傷は即座に癒される。なぜなら天国の雰囲気は愛と驚きでいっぱいだからだ。全ての者が感じる喜びに圧倒されるだろうし、いかなる悪魔も問題を起こしたり誤解を招いたりすることはできない。」
「私があなたたちに言うのは、この地上で経験した最大の損失は完全に180度反転し、言葉に尽くせない喜びに変わるということだ。そしてその喜びは、もう二度とあなたたちから奪い去られることはない。これが私の約束だ。あなたたちには期待できることが多くある。これらすべてがすぐに実現する。悲しむべきなら悲しめ。しかしあなたたちの悲しみは喜びに変わり、もはや悲しむことはないだろう。」
詩編30篇11〜12節。主よ、耳を傾け、憐れんでください。主よ、わたしの助けとなってください。
あなたはわたしの嘆きを踊りに変え、粗布を脱がせ、喜びを帯としてくださいました。
「さあ、安らかに行きなさい。この言葉で互いに慰め合ってほしい。夜には闇が続くかもしれないが、朝には喜びがあなたたちのもとに来るだろう。」