392. 山に恵みを宣言せよ
山に恵みを宣言せよ
2025年8月20日
愛する家族の皆さん、祝福します。今日、主は、私たちの人生で私たちが懸命に戦っている山々に対する、主の溢れる恵みを固く信じることに関して、興味深いメッセージをくださいました。マルコによる福音書11章22~24節のこの聖書の箇所を、私は数十回は読んだことでしょう。ところが今朝、主がその御言葉についておっしゃりながら、主の善意と恵みに対する私たちの誠実さがどれほど重要か、私たちの心に悟らせてくださっています。聖書の箇所は次の通りです。
(マルコによる福音書 11章22~24節) そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。
イエス様が話し始められました。「私は、あなたたち全員が今は天の市民であり、天の領域で私と共に働くということを信じてほしい。『天の御国でと同じように、この地でも』という言葉を覚えていてほしい。私の民よ、私と共に登ってほしい。私はあなたたちを神の戦士、私の使者、城壁の上の見張り番、そして預言的な執り成しの祈り手として呼んだ。あなたたちは、魂の救いのために崩れた所に立ち、主であるあなたたちの神を待たなければならない。」
「あなたたちが私と共に登る時、あなたたちは闇を退け、誘惑に抵抗し、信仰の善い戦いを戦うために自らを武装することになるのだ。あなたたちが全力を尽くし、聖書にある私の言葉を真に信じる時、あなたたちはより深くなり、より強くなって、戦場の最前線へ走って行くだろう。あなたたちは悪を前にして、私の能力と力があなたたちを耐えさせ、支えてくれることを信頼するようになるだろう。あなたたちは、もはや癒やしのために人々に手を置いて按手する必要はないだろう。ただ、私があなたたちの切なる祈りに応えるという固い信仰をもって、私に祈りさえすればよいのだ。」
「この神聖な準備と注ぎの時の中で、あなたたちは次のシーズンにさらに高く登り、敵から地を奪い、私の王国に加えられる魂たちのために犠牲になる準備ができるだろう。あなたたちは前に進み、私の名によって山を動かして海に投げ入れ、私の言葉ですべての山を征服するだろう。恵みを宣べ伝え、夫婦間の葛藤と不和の山を崩してほしい。虚弱と病の山も崩してほしい。あなたたちの油注ぎと運命を盗もうとし、家族に分裂を引き起こそうとする山を、私の名によって取り除き、崩してほしい。そして、私がどのように働くか見守っていてほしい。このように言ってほしい。『イエスの名によって命じる。去れ、道を空けろ、お前にはここにいる権利も権威もない、消え失せろ!』聖なる天使たちを呼び、あなたたちに敵対するいかなる動きにも助けを求め、この地であなたたちの権利を行使してほしい。」
「いと高き方の子として、あなたたちは敵に打ち勝つ権威を受けた。そして、あなたたちがその権威を使うことを選び、全身の武具を身に着け、私の聖なる血で覆われる時、あなたたちの魂の敵は退き、ひざまずき、私があなたたちの内に生きるゆえに、私が神であることを告白せざるを得ないのだ。」
「愛する子供たちよ、私はあなたたちを征服者であり、打ち勝つ者として創造した。あなたたちが私に、そして永遠なるものに視線を固定するなら、あなたたちはこの世の闇の勢力に立ち向かうことができるだろう。信仰によって行い、あなたたちの神を信頼してほしい。私があなたたちを救い、私の恵みは十分だろう。私はあなたたちを愛し、あなたたちと共にいる。私はあなたたちの神であり、私のほかに神はいない。」
これが主のメッセージの終わりでした。
愛する家族の皆さん、私たちの戦いが現実であり、私たちが負うべき十字架がますます重くなっていることを私は知っています。私たちは耐え抜き、決してやめないという決意をしなければなりません。何があっても、私たちは諦めません。私たちは勝つためにこの戦いをしています!神様の御心を行うこと以外に、他にすることはありません。私たちは声を上げて賛美し、礼拝します。私たちは、突き通せない祈りの盾と、聖霊の保護膜を使います。私たちは、主が私たちの避け所であり、苦難の中で常に共におられる助けであり、私たちを保護して悪から救ってくださると宣言します。敵が、一つの道で私たちを攻めて来るなら、彼らは七つの道へ逃げて行くでしょう。神様は私たちの擁護者であられ、私たちに正義をもたらしてくださり、私たちの曲がった道をまっすぐにし、私たちの過ちを正してくださるでしょう。イエス様は私たちを愛しておられ、私たちは主の目的に従って、そして神様の栄光のために召されました、アーメン、アーメン。