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289. 夢を信じなさい

夢を信じなさい

2015年10月14日

あなたたちが夢を信じること、そして信仰についての言葉で、主の特別な油注ぎがこの夜、私たちに臨んでいます。主は、これについて美しい教えを下さいました。

「今日は信仰について話したい。信仰は信頼とは異なるものだ。」

みなさん、覚えているでしょうか? 数日前、主は信頼について語られました。

「信仰とは、私があなたたちに与えた未来の約束、夢を捉えることを前提とするものだ。私たちは最近、心配を信頼で対処する方法について語り合った。信頼とは、私の誠実な腕にあなたたちを預けることだ。」

「信仰によって、あなたたちは、あなたたちに啓示されたものを捉えるのだ。あなたたちはその約束と夢を捉え、地中から芽が出るように、その約束と夢に水を注ぎ、育てなければならない。信仰は天国とこの地を結ぶ、もうひとつのダイナミクスなのだ。天国には、あなたたちについて多くのことが書かれている。務め、賜物と才能、運命、冠がおのおののためにしるされ、その多くがあなたたちに語られ、あなたたちの心に置かれている。私があなたたちの人生に方向性を与えるのは、あなたたちがあらゆる嵐を乗り越え、そのビジョンを捉え続けるだろうと考えているからなのだ。」

「主よ、信仰と信頼についてまだ私は少し混乱しています。」

「信仰は積極的な活動に関わるものなら、信頼は私がすべてを治め、私が最善のものを生み出すと完全に信頼し、その信頼であなたたち自身を包むようなものだ。」

「ある意味で、信仰と信頼には重なる部分がある。この2つのダイナミクスが私の花嫁たちの心で働くことを望むので、ここで細かな違いを説明しているのだ。私はあなたたち一人一人に、将来私があなたたちをどのように用いるかについてのヴィジョンを見せた。そして私があなたたちを導きながら、何をすべきかを教えた。あなたたちの積極的な活動とは、このヴィジョンをあなたたちが捉え、私が導く方向にそのヴィジョンを築いていることを意味する。そして覚えていてほしい。私は曲がりくねった線からでも直線を引くことができる。」

「信頼とは、何が起ころうと、私がなお治めていることを知ること、私が荒れ果てた中からでも奇跡を起こすことができるのを、知ることなのだ。信頼は命を持続させる力なのだ。信仰は夢を捉えること、ミッションを捉えることであり、それによってあなたたちは、特別なことの準備をされていることを理解するのと同じだ。」

「これが私が進んでいる方向性だ。私の花嫁たちよ、あなたたちは私の望み、私の命令、私の性質について、自分自身が忠実であることを証明した。あなたたちは百倍の実を結ぶ良い土地だ。今や小さなことに忠実であったので、あなたたちにもっと大きなことを任せている。あなたたちはまだ準備の途中かもしれないが、私の目には天国で既に成し遂げられたものと同様に見える。」

「あまりにも多くの者が、天国では人生が終わると考えている。これほど間違った言葉もないだろう。この地は試練の場であり、天国は報酬だけでなく、さらに高い段階に上がり、より多くの責任、より多くの賜物、より多くの務めを受け持つところなのだ。ああ、あなたたちのように兄弟を愛することを学んだ者たちには、どれほど素晴らしい出来事が待っているか、想像できない。過去の制限が取り除かれ、全く新しい道具と可能性の世界が開かれ、あなたたちがかつて持っていた能力を超えて成長することになる。」

「私があなたたちに語ったヴィジョンを、心を尽くして捉えてほしい。現在この地の状況があなたたちを箱に閉じ込めないよう気をつけ、そのヴィジョンを捉え、あなたたちの心にあるものを成し遂げるために、必要なすべてのものがあなたたちに与えられることを知っていてほしい。これらすべてが素晴らしいことではないか?」

「本当にそうです、主よ。わあ、これは本当に世の中のものを超えています。なぜ待たねばならないのですか? そしてどれくらい待たねばならないのですか?」

「私の花嫁よ、私はただあなたたちの心に新しい希望を吹き込むだけなのだ。まだその時ではない。移行は自ずと起こるものだ。私を信じなさい。」

「主よ、ただ想像するだけです。」

「例えばあなたの場合、まだピアノを完全に極めていないからといって、音楽があなたの運命の重要な部分ではないということではない。今のこの季節に、私にとって大切なものをいくつか使っているのだ。しかし後になれば、ピアノとあなたの歌声が中心になるだろう。もし私がこれをあなたに言わなければ、あなたとエゼキエルが音楽を通して仕えることになるという、私の数多くの約束を忘れてしまうかもしれない。」

「あなたたちに私が与えたヴィジョンを思い起こさせているのだ。あなたたちの心でそれらをしっかりと捉えてほしい。マリアが彼女の心に秘密を宿したように。そしてそうしながらも、私が与えた務めとは無関係に見える現在の仕事に、精を出せるようにしてほしい。すべてには時と季節がある。ここにいるすべての者に、この事実を思い起こさせている。天国はただの始まりに過ぎない。理解してほしい。あなたたちはこの地で80年や90年生きるが、まだ数十年しか生きていない。天国ではあなたたちは永遠に生きるのだ。そこであなたたちは何千年もの年月を生きた人々を目にするだろうが、彼らはなおも自分の心の願いと、自分が創造された目的を果たしている姿を見せてくれるだろう。」

「これを捉えてほしい。天国には浮かぶ白い雲と、礼拝以外に何もないという嘘に惑わされてはならない。決してそんなことはない。礼拝には多くの形がある。芸術、建築、創造、探検を含め、様々な方法で行われる。ああ、天国では人生に終わりはなく、あなたたちが想像できなかったようなことが天国では起こるのだ。すべてのものが私の栄光と、父の栄光と、聖霊の栄光のためにあるのだ。ああ、どれほど胸が高鳴るかわからない。これから訪れる出来事がどれほど素晴らしいかわからない!」

「天国に相応しい準備のすべての中で、最も高く聖なるものは与える心だ。与える心は、あなたたち自身を犠牲にし、昼夜働き、果てしなく待たせる。なぜなら、魂への愛が与え愛を求めるからだ。兄弟愛は私の心臓から送り出されるものであり、あなたたちはその甘美な飲み物である兄弟愛を飲み、それこそがあなたたちを天国に相応しく準備させているのだ。」

「兄弟愛をマスターすれば、あなたたちの使命と課題はますます挑戦的で、ますます有意義なものになるだろう。これが私が兄弟愛を繰り返し強調する理由の一つである。私はあなたたちをその時のために備えさせている。あなたたちはまた、私の大使たちである。私の子どもたちの心を絶望と傷つきから明るく豊かな未来へと向けさせるよう、遣わされた私の大使たちなのだ。ああ、そうだ。兄弟への愛は、この世で、クリスチャンとして課された使命の中でも、核心中の核心なのである。」

「人々はこの世で何か偉大なことを成し遂げ、拍手と名誉を受けることもあるかもしれない。しかし、彼らが愛さなかったなら、彼らの人生は完全にゴミ同然になってしまう。これはあなたたちの社会では理解しづらいことかもしれないが、天国のすべてのことにおいて絶対に必要なのは愛であり、永遠の命は肉体が眠りについたときに始まるので、実際はそうなのだ。」

「しかし、ある人が一生を否定的な考えで過ごしていても、最後の瞬間に悔い改め、私のもとに戻ってくれば、私はその人を受け入れるだろう。悔い改めも拒絶し、許しもしないなら、それによって彼らは自分の選択をしたことになる。しかし確かに言えるのは、私は人々に最後のチャンスを与えられるよう、私のすべての力を尽くすということだ。そして、あなたたちを励ますために言うが、その時、多くの人が悔い改める。」

「あまり知られていない事実だが、ある魂がこの地上で過ごす最後の数年、数週間、数日について本当のことを言えば、介護施設で送る人生や、人を動けなくさせる病気は、その魂がこの世を去る準備の一部を果たしているのだ。彼らには以前は認識できなかったことが明らかになる。そして私の愛が彼らとともにあれば、彼らは理解力と英知を育て、準備ができるまで成長していく。」

「あなたたちの出立も近づいてきていることを、私はあなたたちに伝えている。あなたたちが続けて魂に仕え、私がしたように善いことをして生きていってほしいのだ。そして私があなたたちの心に隠しておいた夢に付いた埃を払い落とし、あなたたちがすぐにそれらを成し遂げることを心に刻んでほしい。」

「まだあなたたちのもとに来ていない、良いことに対する信仰を強くする恵みを注ぎ祝福する。」