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390. 私はあなたたちの賛美の中にいる

私はあなたたちの賛美の中にいる

2015年10月9日

主が今夜、私たちに伝えてくださるメッセージは、なんと美しいことでしょう。主は今夜、御言葉を話し始められました。

「私の花嫁たちの何人かは、礼拝で私と共に過ごす貴重な時間を忘れている。」

主がこの御言葉を話された時、エゼキエルがすぐに駆け寄ってきて、私にある話をしてくれました。これからその話をします。偶然はないのですよ!

話の内容はこうです。パク・ヨンギュ牧師が脳卒中で亡くなり、天国と地獄を直接目にするようになりました。彼は、私の考えでは韓国人だと思います。二人の天使が彼を天国の門へと導きましたが、門が開かなかったため、彼は「門はなぜ開かないのですか?」と尋ねました。「あなたは礼拝をささげなければなりません。あなたは主を賛美しなければなりません」と天使が言いました。彼は歌の才能がないと言いましたが、天使たちは「賛美をしなければ門は開きません」と言いました。彼が賛美し始めると、すぐに美しい歌声が聞こえてきて、門が大きく開きました。」

ああ、なんと美しいことでしょう!

「私の花嫁であるあなたたちに、新たに油注ぎを何度も行い、あらゆる賜物も与えた。しかし、天国の門を大きく開くためには、あなたが感謝と賛美をしながら入って来なければならない。私の家に入る時に私を賛美せよという命令には、意図があったのだ。」

(詩編 100章1~5節) 【賛歌。感謝のために。】全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。喜び祝い、主に仕え、喜び歌って御前に進み出よ。知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民、主に養われる羊の群れ。感謝の歌をうたって主の門に進み、賛美の歌をうたって主の庭に入れ。感謝をささげ、御名をたたえよ。主は恵み深く、慈しみはとこしえに、主の真実は代々に及ぶ。

「賛美し、感謝する魂を、私が拒絶することは絶対ない。私の花嫁の心のあらゆる願いがついに成就するだろう。その日、あなたが古びたぼろ布のような束縛を脱ぎ捨て、あなたの心が私を礼拝しようと天の玉座にたどり着くなら、私がこの両腕と胸を大きく開いてあなたを迎え、私たちが共に神様を礼拝するだろうから、あなたの魂は回復するだろう。」

「私があなたのことを考えながら歌うのを、何度聞いたことがある、クレア?」

「主よ。私が覚えている以上に多いです。一昨日も、私は食料品店で、主が歌っておられることを知りました。」

「そうだ。とても長い期間そうだった。しかし、あなたのために私が歌うのを意図的にあなたが認識するようにしたのは、たった数年しか経っていない。私の愛しい花嫁よ、私の美しさをあなたが賛美する時、私はお返しとして報いずにはいられなかった。だから私もあなたを歌った。あなたが賛美する時、運転する時、店で買い物をする時、そして特に朝の時間にそうした。そうだ、私も朝の時間にあなたのことを考えながら歌うのがとても楽しかったし、私に対するあなたの愛と信仰の揺るぎない土台に基づいたあなたのその賛美を、私は今も確かに覚えている。」

「私の前にあるあなたの美しさをあなたに思い出させることは、無上の喜びだ。それは世俗の美しさではなく、天に属する美しさであり、天にいる全ての人々が味わうべき傑作なのだ。あなたが罪悪から贖われたという理由からだけではなく、あなたがまさに永遠に共にいる私の配偶者だからだ。賛美の服をまとったあなたが、なんと愛らしいことか!クレア、あなたがよく見るように、私はあなたの状態に従ってあなたを飾る。あなたが着る色は私が選んだものだ。そして、その色は現在あなたの人生で進行していることを反映している。」

「あなたが私を賛美する時、メロディなしで歌詞だけで賛美する時も、あなたの胸はその歌詞を通して現れる。そしてその中から蜜が流れ出て来る。霊的な蜜、これは神様の玉座へと上る香りでもあり、天に上って私を包む穏やかな礼拝の毛布でもあるのだ。」

「あなたがする賛美が私にとってどのような意味を持つのか、あなたはまだ悟っていない。もしあなたがこの地を取り囲んでいる闇を見ることができるなら、この地には本当に多くの危険な場所があることを知るだろう。喜びと礼拝がない場所、私を知らない場所、犯罪と罪悪がはびこる場所で満ちている。」

「その時、闇の中から浮かび上がり、きらめく光を見るだろう。きらきらと輝き、賛美で鼓動する光。そうだ、あなたが見ている光は、賛美、懇願、感謝をもって、全身全霊で私を栄光あらしめる魂たちだ。」

「あなたにとって、なぞなぞのように感じられるものは全くないはずだ。全てが私の元へと戻って来る。しかし、あなたは星々やコオロギ、多くの水、香り高い風の交響曲をまだ聞いたことがない。これら全ての創造の要素が私を賛美していて、そこにあなたたち皆を呼び、より大きな規模で賛美させようとしているのだ。」

本当に興味深いことです。私の家の庭の大きな木の下で座って休んでいた時、それを感じたのです。木の葉がカサカサ音を立てる中でも、あまりにも強力な主の臨在を感じていたのです。

「これまでにない霊と真理で私を礼拝せよ。感謝する心で始めよ。あなたの喜びのために私があなたの周りに置いた全てのものを感じながら始めよ。あなたが歩く時、私は木の葉のカサカサ音だ。その木の葉たちが手を叩いていることを知っているか?驚くべきことの中の驚くべきことだ。彼らはあなたの中に住む私を賛美している。そうだ。彼らも私を礼拝できる十分な知性と知識があるのだ。あなたは読まなかったか?『野の全ての木々が手を叩くであろう』」

(イザヤ書 55章12節) あなたたちは喜び祝いながら出で立ち、平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え、歓声をあげて喜び歌い、野の木々も、手をたたく。

(詩編 98章8節) 潮よ、手を打ち鳴らし、山々よ、共に喜び歌え

「そうだ。全ての被造物が永遠に私を礼拝する。」

(ローマの信徒への手紙 8章19~22節) 被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。

「もし意識がなければ、どうして被造物たちが苦しむことができるだろうか。そんなことはない。あなたが知っているように、人との結びつきの中で、全てがあなたたちと、抑圧から自由になることを期待し、待ち望んでいる。だから、あなたが公園や森を散策しながら、落ち葉がさやさやと音を立てるのを聞く時、あなたは、私が造った被造物たちが私を賛美する声を聞いているのだ。あなたも共に参加して、彼らと一緒に賛美しないか?」

「あなたの感謝と礼拝が、私が創造した全てのものの一部であることを知っているか。私を声高に賛美しないものは、何も存在しない。」

(詩編 19章1~4節) 天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す。昼は昼に語り伝え、夜は夜に知識を送る。話すことも、語ることもなく、声は聞こえなくても その響きは全地に、その言葉は世界の果てに向かう。そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。 (ヨハネの黙示録 14章2節) わたしは、大水のとどろくような音、また激しい雷のような音が天から響くのを聞いた。わたしが聞いたその音は、琴を弾く者たちが竪琴を弾いているようであった。

「だから、私の花嫁たちよ。私を礼拝する者たちの魂が幸福だということと、このような者たちに注ぎ込む私の恵みが非常に多いということを、今あなたに話している。私の庭に来て、天の門が大きく開かれるのを直接見て、あなたの心の奥底に私の臨在を経験してほしい。」

「あなたたちの疲れた魂に、私の愛の活力を吹き込ませてほしい。そして、私の臨在の炎を楽しんでほしい。今後ある戦い、あなたが直面する試練。私がすでにあなたを準備させてきた、まだ聞いたことのない事柄のために、あなたを新たに準備し、生き返らせることを私に許してほしい。」

「そうだ。賛美することで、私の心に入ってきて、私があなたに私の愛の永遠の火から出る炎を伝えさせてほしい。あなたが世の中へ向かう時、その愛の火が燃え上がるだろう。その火が、あなたが触れる全てを焼くだろう。」

「だからサタンは、賛美することを憎み、賛美する賛美奉仕者たちを憎み、私の心の中で私たちが分かち合う親密さを極度に憎んでいる。計り知れないこの恵みを奪われないで、私と共にいてほしい。真に、あなたの神様は、ご自身の民の賛美の中にいらっしゃる。」

(詩編 22章3節) だがあなたは、聖所にいまし、イスラエルの賛美を受ける方。