474. 復旧するだろう
復旧するだろう
2016年2月18日
主の胸に安らいでおられる皆さん、主は私たちと共におられます。今夜、主は、私たちが期待すべきことに関して、教えてくださいました。
主がおっしゃったことについて、とても多くのことを考えました。ヨハネの黙示録に記されているとおり、破壊が地球を覆うでしょう。私は、このことを考えると、本当に胸が痛みます。主は、今日、この問題について語ってくださいました。
私たちは踊り始め、私と主は黒い服を着ていました。黒い服は、たいてい悲しみとすすり泣きを示す時、主が示してくださる姿でした。
私は、このように主へ申し上げました。「おお、主よ。これから起こることに、私は耐えられません。キャロルは、このことについて、継続的に祈っており、継続する苦痛の中にいます。すすり泣き、すすり泣いています。主よ、私をお許しください。全世界に起こることを考えると、恐れが私を捕らえます。私の感覚を麻痺させてはいただけないでしょうか。私の心が恐れでどうすればよいか分かりません。」
主は、お答えになりました。「わたしはここにいる。わたしをしっかりつかんでほしい。わたしはあなたの砦だ。耐えなければならないことがある時、わたしの胸に、あなたの頭を深く埋めて耐えてほしい。この全てのものが、どのような意味を持つのか、わたしは知っている。わたしの打ち砕かれる心と苦痛をあなたと少し分かち合っているのだし、それは人の目では見ることができない、ごく小さな水滴にすぎないのだ。」
「そうだ。必ず通過しなければならない、このことは、恐ろしいことだ。本当に恐ろしい。だが、これは消滅させる火であり、これをとおして、わたしの民を準備させなければならない。全ての人が、この火を通過しなければならない。地球でさえも、この火を通過する。しかし、わたしは決して彼らを捨てないだろう。決して捨てない。わたしは、一人一人隣で同行する。たとえ、わたしの名を呼ばない者であっても、そのようにする。彼らが結局、自分の罪を告白し、わたしのところに近づき、完全に悔い改め、新しい人生を始める準備をするようなことが起こることを望んで、彼らの隣を歩いている。しかも、肉体の物理的な死と共に、このことが始まるとしても、わたしは希望を持って、彼らの隣で共にいる。そうだ。肉体が死を迎える瞬間と、その直後まで、わたしは諦めない。」
「獣の刻印を選んだ者たちの苦痛は、言い表せないだろう。何ものも比較できない苦痛だろう。人生において、いかなる苦痛も、獣の刻印を受けた者の苦痛と、比較することはできない。そして、地獄の苦痛が、彼らに永遠についていくだろう。」
私の心が聖書の御言葉に導かれました。
(ヨハネの黙示録 9章1~6節) 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて來るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、 それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て來た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。いなごは、地や草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。殺してはいけないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛のようであった。この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことができず、切に死を望んでも、死の方が逃げて行く。
しばらくして、私の心に、また別の御言葉が思い浮かびました。 (ヨハネの黙示録 16章2節) そこで、第一の天使が出て行って、その鉢の中身を地上に注ぐと、獣の刻印を押されている人間たち、また、獣の像を礼拝する者たちに悪性のはれ物ができた。
そして、主は再びお言葉を始められました。
「わたしの娘よ。わたしの民に言ってほしい。警告しなさい、また警告しなさい。人がなしうる最も愚かなことは、獣の刻印を受けることだ。わたしの預言者たちと使徒たちをとおして与えたわたしの言葉、聖書に記されたわたしの全ての言葉は、真実、成就するだろう。精神が目覚め、現実が目に入ってきた時になると、これからの7年間がどのように進行するか分かるだろう。その刻印を受ける者たちに、どのようなことが起こるかをも分かるだろう。わたしの子供たちよ、どうか、ろばのように心を頑なにしてはいけない。」
この時、私の心の中に、詩編32章が思い浮かびました。
(詩編 32章8~9節) わたしはあなたを目覚めさせ、行くべき道を教えよう。あなたの上に目を注ぎ、勧めを与えよう。分別のない馬やらばのようにふるまうな。それはくつわと手綱で動きを抑えねばならない。そのようなものをあなたに近づけるな。
私がこの部分で、皆さんと分かち合いたいことがあります。尊い皆さん、その時が、ますます近づくにつれて、この地で起こる現実、すなわち、人生と所有物の破壊が始まるでしょう。とても苦痛なことが進行するでしょう。自ら進んで私たちと共に働く一人が幻を見たのですが、私が住んでいる都市が完全に破壊され、いくつかの建物だけが残っているビジョンを見ました。私はこれを考えた時、私の心が崩れるほど重くなりました。
私の心の中に、黙示録の御言葉が思い出されました。
(ヨハネの黙示録 6章12~14節) また、見ていると、小羊が第六の封印を開いた。そのとき、大地震が起きて、太陽は毛の粗い布地のように暗くなり、月は全体が血のようになって、 天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようだった。天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。
私がコロンビアへアウトリーチに行って、3ヶ月を滞在した時、その地域に大地震があるだろうという予言について、議論したことが思い出されます。
(ヨハネの黙示録 16章17~18節) 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こえ、「事は成就した」と言った。そして、稲妻、さまざまな音、雷が起こり、また、大きな地震が起きた。それは、人間が地上に現れて以來、いまだかつてなかったほどの大地震であった。
どんなことが起こるか、皆さんには想像がつきますか。以前に経験したことのない大地震が起こると、主はおっしゃっています。ノアの箱舟が水に浮いていた時、大陸は分かれました。それはとてつもない激変だったことでしょう。これよりもさらに大きな激変となると、主はおっしゃいます。
私の心の中に、絶えず御言葉が浮かびました。
(ヨハネの黙示録 16章19~21節) あの大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。神は大バビロンを思い出して、御自分の激しい怒りのぶどう酒の杯をこれにお与えになった。すべての島は逃げ去り、山々も消えうせた。一タラントンの重さほどの大粒の雹が、天から人々の上に降った。人々は雹の害を受けたので、神を冒涜した。その被害があまりにも甚だしかったからである。
南米でこれと同じようなことがありました。本当にすさまじい雹が降り注ぎ、火山爆発がありました。
少しの間、私の考えを分かち合います。
世界中の人々は、各自が生きていく上で必要なものを得るため、本当に懸命に働き、生きてきています。しかし、この患難の時に、そのすべてのものは消え去るでしょう。このような純真な人々が経験するであろう苦痛を考えると、私の心はあまりにも痛み、辛いです。25年前に私は一つの幻を見ました。イエス様と私が大虐殺の現場を歩いていて、私は死体が満ちている場所を歩いていきました。そこは一つの都市でした。すべてのものが火で焼かれ、地面には死体が満ちていました。男性も女性も子供たちも、至る所に散らばっていました。私はそれを絵に描いて、長い間大切にしてきました。今、私が悟るのは、これは間もなく来る現実のビジョンだったということです。
私の心がとても痛くて、これ以上このメッセージを続けることができなくて、私はエゼキエルを呼んで私のために祈りしてくれるよう頼みました。彼は一つの幻を見ました。私とイエス様がゴムボートに乗っていて、イエス様がオールを漕いでいらっしゃいました。インドネシアの津波災害のような海の上でオールを漕いでいて、ハリケーンまで襲った後でした。破壊され、打ち砕かれたものが至る所に浮いていました。板切れ、倒れた木々、壊れた家々、かつて人が住んでいた都市や家々が、今やすべて壊れて水に浮いていました。
イエス様は浜辺に向かってオールを漕いでいらっしゃいました。約200ヤードほどの距離でした。私たちがそれを見ていると、すべてのものが再び再建されていました。清らかな原始の霧が立ち上っていました。植物がエデンの園のような場所に、豊かに咲き始めました。すべてのものが太古の純粋で清らかな状態でした。空気もそうでした。
イエス様がおっしゃいました。「目を上げて浜辺を見よ。浜辺を見続けよ。」
エゼキエルがこの内容を私に話してくれた後、私は複雑な感情に立ち向かいお祈りしました。感情的な混乱を与える霊に立ち向かい、お祈りしました。
全世界が、これから来る破壊について想像することができません。この破壊の中で人々がどうやって生き残れるのか、私は想像すらできません。主の胸に住まう皆さん、あなた方もこのような感情を経験しておられると思い、このメッセージをあなた方と分かち合います。
「イエス様、私はあなたを信頼します!」
この瞬間、イエス様が再び語り始めました。
「クレア、清くないすべてのものは、消滅しなければならない。わたしが治めに行く前に、そうならなければならない。わたしは汚れたものを掃き清め、この地球はエデンの純粋さへと復元されるだろう。このことは必ず起こらなければならない。新しいものが来る前に、古いものは必ず消滅しなければならない。そしてこの患難の後、1000年間、人々はこの出来事について語り、まるでノアについて語るように話すだろう。そうだ。地球は清められなければならない。だが、ノアの時のように完全に復元されることはない。人々が新しいものを植える前に畑の雑草を焼くように、わたしも新しい人生の道を切り開くために、この世代の文明の雑草を焼かなければならない。」
「人は以前の教訓から学ぶべきことを学ばなかった。この二度目の清めは、神を畏れることと共に行われ、成就されるだろう。わたしの統治がこの地に実現し始める時には、喜びが満ち溢れるだろう。しかし、ねじれは再びこの地にもたらされ、それが二度目のハルマゲドン戦争へと導くだろう。これが人々の中に深く根ざしていて、休眠期を経ている悪が終わる事件となるだろう。その時までは、多くのものが浮き沈みする長い旅となるだろう。そして、数多くの輝かしい物語が語り継がれるだろう。」
「私の聖なる子供たちよ、忍耐してほしい。疲れてはならない。終わりはそれほど遠くない。この地に神の国が臨み、すべての肉がわたしを賛美し、平和が治めるだろう。地も叫び声を上げるだろう。だから悲しんではならない。あなたたちの目を上げ、希望が昇る浜辺を見てほしい。」
私の心の中に、この御言葉を探してみようという気持ちが起こりました。
(ヨハネの黙示録 21章3~5節) そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも勞苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」 すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。
私は書き記すことをこのように終え、傍らでお祈りしていたエゼキエルは私のところへ来てこのような内容を分かち合いました。
主はエゼキエルにも御言葉をおっしゃり、三つの言葉をくださったそうです。一つ目は、回復でした。すべての植物と木々の即時的な回復。二つ目は、ネヘミヤの時のような再建。「彼らはわたしの導きに従い、一つの心で働くだろう。」 三つ目は、完全な回復。「すべての人がわたしの木陰に座って休むだろう。再びわたしは道で跳ね回る幼い子供たちの笑い声と楽しい音を聞くことになるだろう。」
本当に希望を与える美しい御言葉です。患難の中で耐え忍んでいらっしゃる皆さんに与える美しい希望の御言葉です。この御言葉をしっかりと掴んでください。心の奥深くにしまってください。敵が偽りでこの希望の御言葉を奪い取ることがないようにしてください。
主は皆さんを祝福なさいます。