498. あなたは賢いですか?
あなたは賢いですか?
2016年7月16日
主の懐におられる皆さん、神様の知恵は私たちと共にあります。私たちのすべきことは、ただその恵みに近づき、適用することだけです。今晩、これに関して、主は多くをおっしゃりたかったのです。
今日、私は慌ただしく一日を始めました。普段、私は日が昇っている時に起きて活動したいと思っています。しかし、不幸なことに、日が昇る時に、私は床に就いています。ですが、これも最善のためだという事実を知ることになります。なぜなら、7月の暑さによって、私がなかなか何かをするのが難しいからです。
昨晩、私はイエス様の肖像画を描く作業をし、良いスタートを切りました。ですが、絵を描くために、いくつか必要なものがあると、私の心の中で思いました。まさにこの部分が私の弱点なので、私はまずイエス様にこの部分を相談し、確認しました。このことが、今日の主のメッセージと関連することになりました。
主はおっしゃいました。「夜の時間に仕事をするのを、あまり辛いと思わないでほしい。それはあなたにとってより良いことなのだ。今はそのパターンの中で、平安を味わってほしい。あなたは正しいことをしている。わたしはあなたがこの事実を知ってほしいと思っている。そして、正しいことを行うという主題について、もう少し話せば、あなたが別の絵筆を買いに行く前に、まずわたしに確認してくれたことに、本当に感謝していると言いたい。クレア、わたしたちは共に終えなければならない、もっと多くのことがあるのだ。」
もう少し補足説明をしますと、私は別の筆と絵の具を2つ買いに店へ行こうとしたのですが、「聖書の約束」を通して、主の意志を確認し、その時「Pride 高慢」を引き当てました。私は、この心が主の意志ではないこと、そして、ただ私の心の中から生まれた愚かなものを作り出す別の罠にすぎないことを知りました。
私は主にお答えしました。「ありがとうございます。主よ。私を忍耐してくださってありがとうございます。」
主はお答えになりました。「わたしにまず尋ねてくれたことに感謝している。これは真に進歩した姿なのだ。」
私の気の向くままに、別の筆や絵の具、あるいは他のものを持つことが、主を悲しませることなら、私がそうすることに何の価値もないと、私は心に決めました。
「まさにその心が、わたしが以前に話した真の意志なのだ。『あなたたちがどのようなことであろうと、わたしを悲しませないと願うのなら、それがまさにあなたたちがわたしを真に愛しているということなのだ。』たとえ貪欲の霊が、『これは必ず手に入れなければならない』というボタンを激しく押し付けてきてもだ。まさにこのような状況を指して話したことなのだ。」
「小さなことに従順なことは、大きなことに従順へと導く。そして、携挙後に残される者たちにとって、従順は命か死かを意味するだろう。今はわたしの意志を求めるべき時なのだ。あなたたちがわたしの声を聞き、従順に進んでいるのか、それともあなたたち自身の意志で進んでいるのかを、確実にしなければならない時なのだ。」
「イエス様、私はこの点で気になります。人々は物事について主から確認を求めることを嫌がります。そのような態度を幼稚だと考え、そのようなやり方ではないと言います。人々はただあまりにも賢すぎるのです。あまりにも賢く、自分の仕事をしていると考えているのです。私はこの点が心に心配として残っています。」
「一部の者は困難な道を学ぶだろうし、ある者たちは決して学ぶことがないだろう。あなたたちが何かを買おうとするとき、わたしをまず求められない問題の根源は、高慢なのだ。人々は、わたしが何を望んでいるかを知っていると考えて、尋ねる必要もないと考えている。彼のすべてのことが崩れるまで、彼はこのように振る舞い、わたしを求めない可能性が高いのだ。」
「人の目には、不安定に見え、学んでいない者たちが、危険に瀕しているのではない。本当に危険に瀕しているのは、あまりにもよく学んで、わたしの意見を必要としない者たちなのだ。彼らは自ら考えることについてよく学んできていて、そのような人々のほとんどは、わたしを頼ることが弱い姿で、そのようなことは哀れな者たちだけがすることだと考えているのだ。まさにこの理由が、わたしがこの地に行った時に、同じように現れたのだ。貧しい者たちはわたしを認めたが、律法の文字をよく知っていたファリサイ派の人々と律法学者たちが、わたしを殺そうとした理由と同じなのだ。」
「私の子供たちよ、高慢より悪しきものはない。殺人も、離婚も、不倫も、事業の失敗も、病になることも、高慢より悪しきものはない。高慢は、あなたたちの人生において、最も危険な最上級の悪なのだ。もしあなたたち自身が、『わたしは高慢がないのに』と考えるのなら、その姿こそが最悪の姿なのだ。何かをしようとするとき、あるいは何かを得ようとするとき、あなたたちの意見をわたしに委ねて確認を求めることは、あなたたちにとって何の損にもならないのだ。」
「それでもあなたたちが失敗し、あなたたちの意志通りに行動したとしても、わたしは依然としてあなたたちと共にいるだろう。しかし、状況はあなたたちにとって、はるかに困難になるだろう。屈辱と悲しみと、他の人を傷つけることが後に続くだろう。あなたたちの神に助言を求めずに行ったことの結果に、あなたたちは直面しなければならないだろう。あなたたちがわたしの言葉に耳を傾けることを、わたしはどれほど切に願っているか、知らないだろう。あなたたちの心の中で叫び、あなたたちに聞かせようと、どれほど努力しているか、知らないだろう。何かを行う前に、わたしの意志を分別できるように、非常に幼稚に見える方法を使いながら、あなたたちを刺激し、また刺激するのだ。核心を言えば、あなたたちの自由意志による決定をわたしに委ねてほしい。わたしがあなたたちに助言し、導くことができるように、許してほしい。」
わたしはここで、皆さんに告白したいことがあります。主がおっしゃったことに関して、わたしは最悪の事例です。主はわたしを絶えず忍耐しておられました。わたしはあまりにも高慢で、自分の意志に満ちています。皆さんは、この点について想像すらできないでしょう。主は、このようなわたしを繰り返し、また繰り返し、正しく歩ませてくださっています。今日は、その恵みの強打をわたしにくださった日なのです。通常の場合なら、わたしは主の垣根を飛び越えて、筆を買いに行ってしまったでしょう。本当にわたしは、皆さんが見ることができるものの中で、最悪のケースだと確信しています。もし皆さんが、このメッセージを聞いて罪悪感に捕らわれるなら、わたしを見て、それほどひどい罪悪感を抱かないでほしいです。分かりますか。
「わたしが願うことについて、ある者たちは想像すらできないのだ。聖書にある王たちの話の中で、何か重要な決定をする前に、わたしの啓示、あるいはわたしの預言者を求めた王たちの姿をあなたたちは理解するのか。わたしの意志に従った王たちは成功し、わたしの意志を捨てた王たちは、その民を飢饉へと導き、自分の子供たちを食べるようになるまでに至らせたのを、あなたたちは見なかったのか。」
「神様の知識に自分のことを任せるということは、決して小さなことではない。神様から選ばれ、仕えることができるということは、決して小さなことではない。これは、いと高き所から降りてきた召しであり、わたしの意志に全力を尽くして依り頼まなければならないのだ。このことは、極度の謙遜が必要であり、あなたたち自身には何の答えもないという事実を、完全に理解することから生じるのだ。世の中でよく学んだ者たちが生き残るのではない。ただ柔和で、わたしの意志を見つけ出すまでは、左右どちらへも動かない篤実さが必要なのだ。」
「聖書にどれほど多く話したか。『神様が、世の愚かな者たちを選んで、賢い者たちを恥じ入らせようとされた』と。八つの幸いの言葉を読んでみなさい。わたしの恵みは、この世で傷つき、打ち砕かれた者たちに注がれている。貧しい者たち、柔和な者たち、泣く者たち、迫害を受ける者たち。このような者たちの姿は、誰もなりたがる姿ではない。しかし、まさにこのような者たちが、わたしの恵みを受けるように選ばれた者たちなのだ。もしあなたたちが、このような者たちの一人であるなら、あなたたち自身の意志や意見を追わず、わたしを見つけるまでわたしを求めてほしい。わたしの声を聞く時まで、わたしを求めてほしい。聖書の行間を読む時、わたしの声が大きくはっきりと聞こえる時まで読みながら、求めてほしい。」
「おお、クレア、わたしはあなたのレーマページを、本当に愛している。これを通して、わたしはあなたたちの考えを捕らえることができる、美しい機会を得ているのだ。」
ここで主は、Heartdwellersのウェブサイト (www.heartdwellers.org)について話しておられます。上部メニューの中にRhemaページがあり、そのページに入ってボタンをクリックすると、主がくださる御言葉が一つずつ表示されます。これはシンプルで、多くの人々に助けを与えています。
「非常に多くの場合、あなたたちの考えがわたしの考えと、百万マイルほども離れていることをあなたたちは知っているのか。だから、あなたたちの考えがわたしに傾くようにさせる、このような機会がわたしにとってどれほど大切か、計り知れない。わたしはあなたたちに一日中話している。あなたたちが聖書の御言葉を読んでいる時でさえ、わたしの声は行間から響き渡っている。このようにわたしに求めてほしい。『主よ、この御言葉は今日、わたしにどのようにして実現するでしょうか。』そして、注意を払って聞きなさい。あなたの心をつかむ、ごく小さな言葉があなたの内から湧き上がってくることもあるだろう。それは小さく見えるものかもしれないが、あなたの命を救うものであるかもしれないし、あなたが以前には決して夢にも思わなかった機会の扉を開くものであるかもしれないのだ。」
「わたしの民よ、あなたたちに話すことをわたしは切望している。あなたたちに話すための新しい方法を、わたしは絶えず、そして永遠に探している。自然を通して、出来事や状況を通して、友を通して、しかも車のナンバープレートを通してさえ話しているのだ。あなたたちが、行うことによって受ける傷があまりにも深く、これ以上回復するのが難しい状況になる前に、わたしがあなたたちを引き戻す時もあるだろう。耳が聞こえない理由の一つは、『自分の意志』のためであり、もう一つの理由は信仰が不足しているからだ。あなたたちの全ての人生に、わたしがあまりにも深く関わっており、わたしが話してあげれば、あなたのために他の善いものが後に続いてやってくるのに、この事実に対してあなたたちの信仰が不足しているからなのだ。わたしはあなたたちに助言を与えたいし、あなたたちの前に迫る災厄を避けさせてあげたいし、あなたたちを祝福してあげたい。おお、あなたたちはわたしの善意を信じもせず、知りもしないのだな。わたしの善意は、あなたたちが想像できるものを超えている。」
「あなたたちの中には、いまだにわたしに反逆し、望むようにしたいと願う部分がある。あなたたちの道は死であり、わたしの道は命であるという事実を、あなたたちは理解していない。ただわたしだけが、あなたたちに最も良いことを言ってあげられるという事実を、あなたたちは悟っていない。むしろあなたたちは、わたしを、わたしが望む通りにしてしまう作業分担の監督程度に思っているのだ。」
「わたしは利己的な動機を持って生きている者ではないという事実を、あなたたちが悟ることを願う。わたしはあなたたちの神だ。わたしが来たのは、あなたたちに命を得させ、さらに豊かに得させようとするためなのだ。真の命。あなたたちがわたしを拒絶する時、あなたたちはサタンと組むことになり、その結果は苦痛を伴う。時には致命的だ。わたしが望むことを考慮せず、あなたたちが望むことを選択する時、その選択は善いものであるかもしれないし、悪いものであるかもしれない。しかし、たゆまずあなたたちの選択を主張し、わたしの意志を考慮しないなら、結局あなたたちにとって非常に悪い結果となることもあるのだ。」
「あなたたちに懇願する。心を柔和にし、謙遜に、低くしてほしい。あなたたちが、どんなことを行おうとも、その前にわたしが何を考えているかについて、真剣に考えてほしい。どうかわたしに尋ねてほしい。わたしが、常にあなたたちが必要とする全ての答えを持っているという事実を、必ず覚えてほしい。わたしはあなたたちに約束する。わたしは忠実に、あなたたちに応答するだろう。」
「私の愛する子供たちよ、わたしはあなたたちに何を言うべきか途方に暮れている。わたしの心の中のすべての関心はあなたを向いている。あなたたちの人生とあなたたちのすべての決定において、わたしを信頼していいと伝えたい。だが、あなたたちには実在する敵がいる。敵は、あなたたちの個人的な意見やあなたたちの恐れ、そしてあなたたちの欲望を利用して、あなたたちを破壊と失敗へと導いている。敵は、あなたたちを利用する点でとても優れている。物事を巧妙かつ繊細に歪めてしまう方法を、敵はとてもよく知っている。敵があなたたちの前に仕掛けた罠をあなたたちは決して見ることができない。しかし、わたしはその道とそれらの罠をすべて知っている。」
「わたしを信頼していい。わたしはあなたたちを愛している。わたしはあなたたちのために存在する。わたしはあなたたちをわたしの道へと導くだろう、そしてあなたたちを栄光へと導くだろう。」