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514. 霊的戦い6、癒やしと勝利の後に

霊的戦い6、癒やしと勝利の後に

2016年8月29日

(クレアの言葉の部分、省略)

「わたしはあなたたちの忍耐と信仰を呼び起こすために、このメッセージを与えたい。わたしがあなたたちを癒やすとき、その癒やしが完全な癒やしだったり、部分的な癒やしだったりすることがあるのを、あなたたちは目撃するだろう。これは、何があなたたちの魂にとって最善であるかによって、決定される。わたしが盲人を見えるようにしたときに、二度祈ったことを覚えておいてほしい。」

(マルコによる福音書 8章23~25節) イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」 そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。

「わたしはわざわざ二度祈ったのだ。これは、あなたたちが、ある状況によっては、祈り続ける必要があることを示すために、行ったのだ。祈れば奇跡が起こるという事実を示すために、このように行ったのであり、信仰が足りないわたしの子供たちが祈る時にも、奇跡が起こることを示すためであった。そうだ、あなたたちの信仰に従って、癒やしは起こる。わたしはあなたたち全員を、この癒やしの奇跡へと導いている。」

「癒やしのためには準備が必要だ。与えられた十字架は、必ず定められたコースを完遂しなければならず、その過程を終えれば、病気は癒やされる条件が許される。わたしが癒やしの恵みを施した魂は、必ずその恵みの中を歩んでいかなければならない。繰り返される敵の攻撃が、体と思考の中に染み込んでくるだろうが、必ず信仰を保ち続けなければならない。まさにこの地点が、ほとんどの人が癒やしの恵みを失う部分なのだ。」

「わたしの子供たちよ、本当にあなたたちは、自分たちの癒やしを保つために、闇の霊たちと戦わなければならない。あなたたちは持続的に偽りの症状で攻撃を受けるだろうし、しかも癒やしのためにわたしが用いた仕える者を、それとなく探りを入れて攻撃し、癒やしを挫折させようとするだろう。十二年もの間、出血が止まらなかった女性が、わたしの着物に触れようと努力したように、絶えずあなたたちの視線をわたしに固定し続けてほしい。わたしの着物を触り続け、あなたたちが癒やされていないと言う、すべての偽りの告発を断固として叱ってほしい。」

「病気が再び再発する原因となる開いたドアがあるので、この点に注意してほしい。あなたたちの多くは、自分たちの誤りによって、これらの病気を引き起こしたのだ。あなたたちの兄弟姉妹に対する批判的な態度が、このような病気を招く。もしあなたたちが、高慢と自己優越感に対する全面的な戦いを繰り広げなければ、癒やしは持続しないだろう。この高慢が、あなたたちの頭を持ち上げ、他の人を見下して裁くようにさせる。これが病気を誘発するドアだ。病気への正面玄関と言える。他の人に対する継続的な否定的な判断が、本当に病気を招く。体の癒やしが完全に効果を現すためには、魂の癒やしがあなたたちの中で始まらなければならない。」

「とても尊いわたしの子供たちよ、あなたたちを落胆させたくはないが、わたしはあなたたちに真実を語らなければならない。そうしなければ、あなたたちが結果について持続的に挫折することになるからだ。裁きは敵へのドアを開く。そのドアを通して敵は病気をもたらす。そして、あなたたちがそのドアを開き続けているとき、わたしはそのドアを閉めさせることはできない。わたしはあなたたちに勝利が何であるかを明らかにするだろう。だが、あなたたちは必ず心と思考の中で聖なることを保ち続けなければならない。」

「そしてクレアが言ったように、苦しみの痕跡が少し残っていること、あるいはごく小さな何かが残るということも、また完全な真実だ。もしそれがわたしが行ったことなら、わたしが意図した目的が達成されたとき、その残りの苦しみは消え去るだろう。あなたたちが自分を余すところなくわたしに捧げ、あなたたちとわたしがこの事実について互いに同意したからこそ、このような病気が与えられるのだ。そのような場合、病気の症状は、ある場合には、はるかにひどくなるだろう。しかし、減っていくだろう。」

「自ら進んでこの苦難を選んだ者たちに対するわたしの燃えるような同情心は、何とも比較できない。彼らはわたしが提案した十字架を負うことに同意し、人々に対する愛が溢れている。このような姿は、わたしにとても深い喜びをもたらす。このような魂たちとわたしは親密さを楽しみ、わたしは秘密を彼らに明らかにする。」

「この教えは、現代のクリスチャンたちと教会においては、ひどく無視され、誤解されている。この誤った考えによって、あなたたちは、うつ病になるほど落胆することもある。特に苦痛の中にいて、癒やされない人々の中にあなたたちがいるとき、なおさらそうだ。『主よ、なぜわたしを癒やしてくださらないのですか? わたしは何をしたのですか? わたしはこのような刑罰を受けるほどの罪を犯しましたか?』と叫び続ける日々が続くにつれて、罪悪感があなたたちを押しつぶす。痛みの中にいる人たちは、わたしに対する自分の献身について、わたしを信じる信仰に何か間違いがあるのではないかについて、完全な信仰を持てないまま、罪悪感を抱えた人生を送る。しかし、わたしが彼らにこの病と献げ物についての真理を教え、彼らこそ黄金の剣を持つ仲介者であるという事実を知るようになれば、彼らの香りが父の玉座に昇る。教会に何の助けも与えていないという破産したような感覚、疑いと否定的な考えと感情とうつ状態、もうこれらのもので心をいっぱいにせず、平安と幸福の中で生きていく。このような考えは、本当に真理とはあまりにもかけ離れているだけだ。」

「この癒やしに関するテーマは深く、範囲も広い。あなたたち全員がこのメッセージを研究し、癒やしと、その癒やしが持続する恵みを楽しむための霊的な原理について、よく理解してほしい。あなたたちが弱っているとき、偽りの攻撃がどのように入ってくるかを、あなたたちがよく理解してほしい。その嘘は、あなたたちの信仰を脱線させようと、意図的に考案されたものであり、あなたたちを絶望に陥れようとしているのだ。」

「もしあなたたちが健康なら、喜んでほしい。そして、あなたたちの体をあなたたちの楽しみのために使わず、わたしに仕えることに使ってほしい。もしあなたたちが寝台に横になっていなければならないか、あるいは車椅子にいるなら、喜んでほしい!あなたたちが経験する全ての苦痛が、あなたたちの祈りとなって天に昇ってきている。わたしの愛する者よ、わたしにただ叫び求めてほしい。『おお、主よ、彼女を癒してください!おお、神様、彼を助けてください!おお、主よ、憐れみを注いでください!』」

「そうだ、この祈りは強力だ。あなたたちが苦痛を経験する度に、この祈りをしてほしい。わたしの苦しんでいる子供たちよ、その痛みをわたしのところへ持ってきてほしい。わたしはあなたたちの嘆願に確かに応えるだろう。あなたたちが祈った相手が癒されたり、慰めを受けられない状況を見ることもあるだろう。だが、わたしは約束する。その魂のために、最善のものをわたしは行うだろう。」

「わたしはあなたたち一人ひとりに才能を与えた。わたしはあなたたちを導いてきたし、あなたたちを教えてきた。あなたたちの多くは、あなたたちの人生でわたしの意志に従って歩んできている。しかし、この事実に気づかない者もいる。あなたたちはこれをどう分別するか。あなたたちが何かをした時、深い満足感を感じたなら、それがしるしだ。魂の深い平安の中で、こう叫ぶようになるだろう。『うわー、本当にわたしは神様から与えられたわたしの才能を見つけた。』だが、あなたたちの中には、これを見つけられなかった者もいるかもしれない。ヒントをもう一つ与える。まず、注意を払ってほしい。あなたたちが何かをする時、深い平安を感じるなら、それがあなたたちに向けたわたしの意志であったことを、あなたたちは知るだろう。」

「もしあなたたちが何かを成し遂げた時や、何かをやり遂げた時に喜びを感じたが、あなたたちの魂の中に何か不安感のようなものを感じるなら、そのことはあなた自身の意志と意図で成し遂げたものだ。あなたたちの人生でわたしが成し遂げようとしているわたしのコーリングではないだろう。そのような場合、あなたたちが感じたある種の栄光は、速やかに輝きを失うだろうし、よく分からない奇妙な空虚感があなたたちの内側に押し寄せるだろう。反対に、あなたたちがわたしの意志に従い、わたしのために行ったことがあるなら、それは振り返った時、火種が静かに残っている炭火のように温かい熱と光を発しているだろう。それを振り返る時、満足感と平安が感じられるだろう。天国でも、このような姿を見る時、あなたたちの王冠に飾られた輝くダイアモンドのように見える。」

「とても愛おしいわたしの体の中に深く入ってほしい。あなたたちを押し込み、わたしの内側に入ってほしい。報いは今も注がれていて、そして永遠にさらに注がれるだろう。」