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544. ユリの花を楽しめ

ユリの花を楽しめ

2018年3月11日

イエス様、あなたの親切と慈悲に、どう感謝したらよいでしょうか。感謝いたします、主よ。

愛するHeartdwellersの皆さん、私が祈っていた時、主が左手に巻物を持ち、右手にはマッチを持っておられるのを私は見ました。主は火をつけ、燃やされました。

「ああ、おや」と私は思いました。

しかし、主は、それが花と関連していることに気づかせてくださいました。皆さんご存じのとおり、毎年春になると、私はこのような花の誘惑を受けます。今夜は、諦める気持ちがありました。それで、私は主の祭壇の前に来て、非常に罪悪感を感じていました。祈りたかったのですが、私が本当に台無しにしてしまったことを知りながらも、ひそかに主が赦してくださり、例外を作ってくださるよう願っていました。そして、私が花たちを持てるようにしてくださることも望んでいました。

私はアマゾンで花の種をいくつか、そして非常に小さな植物をいくつか注文しました。そして、もし主が私に慈悲を施してくださらなかったら、まさに今夜、その注文をキャンセルしようとしていました。ところが、喜ばしいことに、期待していなかった時に、主は私に答えてくださいました。それで私は尋ねました。「主よ、燃やしておられるのは、何でしょうか。」(私が愚かだったことをよく知りながら。)

イエス様はお答えになりました。「あなたが罪悪感を感じる物事のリストを燃やしたのだ。私は罪悪感にうんざりしている、クレア。」

「私の意志には、許された意志と完全な意志がある。私の完全な意志に従って生きるには、あなたが弱すぎると、私が言わなければならないだろうか?今夜、私はあなたに慈悲を与えた。あなたは何度も試練を経験し、私に誠実に仕えたからだ。これらの花々は、あなたに贈るプレゼントだ。だから百合の花を持ってほしいと言ったのだ。あなたが私のために百合の花を諦めたことを知っていたが、あなたに百合の花をプレゼントとして贈るのだ。」

主は、百合の種について話しておられます。本当に綺麗なピンク色の百合です。

「魂の生き方には、時として慈悲が叫び声を上げる時がある。こんな言葉がある、『弓は折れるまで曲げることができる。』」

これは、ある修道士の言葉でもあります。

「私の聖人たちの多くは、自分で手入れする庭を持っていて、また、ある聖人たちは地下牢のような所にいることもあるが、そこでの彼らの唯一の慰めは、私の臨在だけだ。それぞれについて、私は人生の季節に応じて、彼らに合うものを定める。時にある人々は船の櫓を漕ぐ時があり、他の人々は彼らの隣に座ってケーキを食べながら楽しんでいることもある。皆がそれぞれの時間と目的を持っているのだ。」

「愛する者よ、その花は私が与えたプレゼントだ。また、その巻物は、あなたが感じる罪悪感のリストだ。」

「今、あなたが祈り、礼拝し、私の羊を養うという単純な生活に戻ってほしい。私があなたをひどく愛していることを知って、そうしてほしい。長年、自分を捨てて生きてきたあなたに、この小さな喜びを与えたい。今年はそれを持って、私と共に喜んでほしい。何の罪悪感も心の中で持たずに、喜んでほしい。」

「何と言えばよいか分かりません、主よ!あなたの慈悲のために感謝の涙を流すこと以外に、何と言えばよいか分かりません。」

「今は、あなたにとって春のようなシーズンだと知って、それを育ててほしい。私があなたたちと共にいるので、誰も私があなたたちに祝福を与えることを妨げないだろう。あなたも私と共にいたいという切望の中に入り、私を喜ばせてほしい。誰も私たちを妨げないだろう。誰も盗んでいかないだろう。」

「しかし、あなたたちはあなたたちの敵たちのために祈ってほしい。彼らはあなたたちと、あなたたちが支持する全てを呪うこと以外は何もしなかったが、彼らのために祈ってほしい。私は敵たちを武装解除しようとしている。彼らがどれほど哀れなのか、あなたたちの祈りが必要なほど哀れだ。父に彼らの救いのために祈ってほしい。私が彼らにどれほど慈悲を施したいか、あなたたちは知らないだろう!」

主は私たちに、敵たちのための祈りについて多くのことを話してこられました。さらには、幼い子供たちを拷問し、人身売買する人々までです。主は彼らの魂を救うことを望んでおられます。彼らが売り買いする子供たちは救われていますが、彼らは私たちの祈りなしには希望がありません。他のメッセージで、これについてもっと詳しく分かち合うことにします。

私は主に答えました。「主よ、そうです。祈ります。しかし、私が祈れるように、思い出させてくださると信じています、お願いします。」

「私が助けよう。」

「あなたたちは長い間、辛く戦ってきた。未来が容易だというわけではないが、あなたたちがこの2年間で直面したような障害物はないだろう。」

「私の忠実な取りなし祈りのグループでありHeartdwellersであるあなたたち、この地での戦いは長く辛いことだ。一日中戦いに疲れ果てる日々よりも、今は、前に進めるようにあなたたちを回復させてあげたい時なのだ。」

ワオ!昨年の私の人生がどうだったかをよく説明してくれる御言葉ですね。本当に一日中戦いを繰り広げているようでした。

「以前に許されなかったことが、あるシーズンには許される時もあるということを、あなたたちが理解してほしい。あなたたちが自分の意志を振り払えるようにあなたたちを鍛え、私の心と私の働きにもっと集中しながら、あなたたち自身を訓練していけるように、私が助けている。だから、普通の状況であれば間違った方向へ行ってしまう可能性があるあなたたちが、小さなことについて私が信頼できるレベルまで成長するように、私が助けているのだ。」

「しかし、常に注意しなければならないことがある。なぜなら、勝手気ままな態度は、さらなる勝手気ままな態度を招くからだ。『目は見飽きることなく、耳は聞いても満たされない』という言葉そのままなのだ。」

この御言葉は、私にコヘレトの言葉だけでなく、「The Imitation of Christ」という本の言葉を思い出させます。

「『目は見飽きることなく、耳は聞いても満たされない』という格言を、しばしば心に留めてほしい。そして、心を、目に見えるものへの愛から背け、目に見えないものに愛を置くように努めてほしい。なぜなら、肉の欲望に従う者たちは、良心を汚し、神様の恵みを破壊するからだ。」

(コヘレトの言葉 1章8節) 何もかも、もの憂い。語り尽くすこともできず、目は見飽きることなく、耳は聞いても満たされない。

主は、引き続きおっしゃいました。「このようにして、繁栄した都ラオディキアは、背教と生ぬるさに陥ったのだ。私が、最大の試練は繁栄とともに来ると言った理由でもあるのだ。なぜなら人間は、一時的なもの、つまり風を追いかけることに魅了される傾向があるからだ。人は戦時下には、武装をよくする。しかし、真の危険は、平和な時に来るものだ。」

「私の愛する者たちよ、私はあなたたちを疲弊させようとしているのではない。あなたたちは、あなたたちの魂と、あなたたちの子どもたちの魂のために戦っている。だから、片方の手でレンガを積み、もう一方の手で剣を握っていなくてはならない。警戒していなくてはならないのだ。なぜなら、敵は、あなたたちが正しい生き方ができる能力を弱め、物や仕事などへの執着に、ゆっくりと、無意識のうちに引き込んでいこうと、常に企んでいるからだ。」

「戦争が終わり、あなたたちが天国で私とともにいる時、私があなたたちをどれほど愛していたか、私がこの世で最も良い贈り物をどれほどあなたたちに与えたがっていたか、知ることになるだろう。この地上で、私がそうしなかったのは、それらがあなたたちをさまよわせ、油断させることを知っていたからだ。そして、敵は、ひそかにあなたたちを破滅へと追いやろうとしていたからだ。敵は、あなたたちが気づかないほどに、少しずつ引き込んでいく。今はこれくらいで十分だ、また別の日にあなたたちがもう少し欲しがり、次の日にはあなたたちはますます多くを必要とし、欲しがるようになる。そうして、あなたたちの人生が完全に虚栄に陥り、もはや私のために仕えることができなくなるまで、そうなってしまうのだ。そのような状態でも、あなたたちは自分のおもちゃを楽しみたがるものだ。」

「兵士は世の事柄に関わるものではない。もし兵士が世の事柄に関わるなら、彼はもはや、その義務を果たすことはできない。この問題は、あなたたちにも同じように当てはまる。世のことに深くのめり込むほど、警戒と警戒心が薄れる。すると、敵はあなたたちの家族や、愛する人々を罠に陥れる。あなたたちの心から愛と慈善を引き出すために、私が連れてきた貧しい人々を捨て、あなたたちは世の虚しさに溺れてしまうのだ。貧しい者たちは、私があなたたちに与える贈り物なのだ。あなたたちが、天におられる私の父のようになれる機会を与える贈り物であるにもかかわらずだ。」

「おお、我が子よ。あなたたちが天国に来て、私が用意しておいたものたちを見ることができたら、どんなに良いだろうか。あなたたちが夢にも思わなかったような方法で、あなたたちにぴったりのものが、用意されているだろう。なぜなら、天国ではあなたたちは敵から安全だからだ。あなたたちは保護される。そして、私があなたたちの喜びのために作った美しい被造物たちが、あなたたちを囲むだろうが、このような不可能なことが可能であると、思うほどにあなたたちを魅了するだろう。」

「そうだ。何度でも何度でも、繰り返して言いたい。目では決して見ず、耳では決して聞かなかったものたちを、私があなたたちのために用意してきているのだ。私を愛したあなたたちのために、そのように用意しているのだ。」

「もうわかっただろうか?私は、サタンが私をそう仕向けたがっているような、残酷な現場監督ではない。あなたたちが引き込まれていく、一つ一つの背後に潜む危険を知っている、誠実な父親が、私なのだ。良い父親は、こうした危険からあなたたちを守るために、あなたたちを訓練するのだ。」

「私の愛する者よ、百合の花と、花に対するあなたの愛について、もう一度話そう。この花は、私があなたに喜びを与えるために作った花々なのだ。あなたの健康的な生活のために何が必要かをよく理解し、節制すべきは節制しながら、楽しんでほしい。」

「美を楽しむための時期がある。しかし、敵があなたをさらなる美へと誘い、引き込まないように警戒することも、覚えていてほしい。」

「クレア、あなたもよくわかっているではないか。あなたの心が望むすべての美しさは、私の腕の中で、私の目を見つめることではないのか。『私はあなたが本当に嬉しい』という言葉を私から聞くことではないのか。これは敵が奪い取ることのできないものだ、私の愛する者よ。この関係は永遠であり、永遠に倒れることなく、永遠に香りを放つものだ。永遠の実があるのだ、永遠に。」

「優しく私の腕の中に入ってきて抱かれてほしい、クレア、そして百合を楽しんでほしい。」