556. 苦しい道、耳が聞こえないふり
苦しい道、耳が聞こえないふり
2016年1月10日
Heartdwellersの皆さん、主の祝福が皆さんと共にありますように。
(メールやコメントへの連絡を真摯に行いたいのですが、余力がなく、うまくできないことについて申し訳なく思っているクレアの文章、中略)
皆さんに告白することがあります。今晩、私はまたしても自分の思い通りに行動しました。私は断食に適したパンを作りたいと強く思い、それでいくつかの材料を混ぜ合わせて作りました。このパンは栄養価が高く、他の食べ物がなくても、しばらくの間、体を支えることができます。ですが、このような行動をしてはいけないという感覚がありました。しかし、私はその時、自分が作ったパンを食べたかったので、その感覚を無視しました。
そうするうちに、礼拝をしている最中、私の猫が一匹、私の肩に足を乗せたので、私は猫が椅子から私の肩に上がるように誘導しようとしましたが、猫はそうしませんでした。それで私は猫を捕まえようとしました。しかし、それはあまり良い考えではありませんでした。私は椅子から後ろに倒れ、床に水をこぼし、部屋を暖めるために奥の部屋に置いていた、熱い炭が入った大きな火鉢を倒してしまいました。危険な状況で、全てがめちゃくちゃになりました。はるかに深刻な負傷や火傷を負う可能性もありましたが、主は慈悲深くいらっしゃいました。しかし、私はすぐにそれが、私が自分の思い通りに行動したために、くださった教訓であると分かりました。
それで、お祈りする時、私は「主よ」と言いました。
まず、二日前に作ったシナモンバンを放棄したくなかったことを、告白したことがあります。実際にそれは、断食の時期に食べるには、あまりにも美味しいものでした。それで私はこのパンを作れば、シナモンバンの代わりにできると思いました。しかし、私は主をもっと畏敬し、尊重しなければなりませんでした。私は依然として非常に無謀で、自分のやり方を正当化し、自分の思い通りにすることに長けているからです。
主は私に答えられました。「あなたが言ったことは全て真実だが、私の寛大さが全てを覆っている。どうか、クレア、あなたは自分自身をもう少し頻繁に許してくれたらと思う。」
「しかし、私は主の慈悲を利用し、自分の思い通りに推測しているようです。」
主はとても優しくおっしゃいました。「ここに来なさい。」
それで私は主の胸に抱かれて泣きました。「主よ、私は想像を絶するほど、自分の思い通りにする人間です。」
主は優しくお答えになりました。「その通りだ。」
「私は怠け者で、無責任で、自分の思い通りにする傾向が多くあります。」
「その通りだ。」
「しかし、主はあまりにも真実でいらっしゃいます。」
「そうだ。他に言うことはあるか?」
「私は罪人です、主よ、最悪です。私を許してください、主よ、私の高慢と、自分の思い通りにする習慣から解放してください。このような姿が私は本当に嫌いです。」
「だが、まだ十分には嫌っていないようだな。しかし、あなたはその地点に近づいている。私が強制的にそうしなければならないのか?」
「いいえ。」
「それとも、しるしでそっと知らせるのが良いか?」
「はい、いつもそうしてください。」
「椅子から後ろに倒れたのはしるしだったのだ。あなたは火傷を負わず、コンピューターも壊れなかった。その部分を、私が保護してやったのだ。あなたは食べ物に関連する問題があるが、今回の断食は、その問題を克服するのに役立つだろう。」
皆さん、主がおっしゃったことは真実です。私は美味しい食べ物が本当に好きで、料理の仕方を学びました。スーパーマーケットで売っているパンは私には合わず、私はパンやコーヒーのようなものに対して、こだわる方です。その通りです。私は食べ物に関して問題があります。
「私たちはあなたを以前の状態に、このような束縛から自由だった状態に、戻そうと努力しているのだ。」
ああ、その時を覚えています。その時、私が店を歩き回る時、何を見ても、どんな匂いを嗅いでも、全く関心がありませんでした。私の頭は全く別の場所、主と共にいる場所にありました。
しかし、しばらく考えてみると、こんな考えが浮かびました。「わあ。これは大変なことだ。そんな短い時間で、そうしてくださるのか?」
主は続けてお話しくださいました。「私たちは常に、もっと高く、もっと高く昇っている、私の愛する者たちよ。私があなたたちのために創造した高い所へ向かう天のコーリング、その場所へ飛んで行っているのだ。今、私の全ての花嫁たちに、これと全く同じことをするだろう。」
「愛する子らよ、あなたたちの中の多くの者は、耳を閉じて生きている。私の言葉が何を意味するか、分かるだろう。あなたたちは私の声を聞くかもしれないと思うが、確実ではない時、特にあなたたちが欲しいものを得たい時、耳を閉じて行動する傾向が強いのだ。」
「これは多くの否定的な結果をもたらすが、一時的な状況にだけ留まるのではない。あなたたちが知っているように、私はいつでもあなたたちのための最善のものを生み出したいと思っているが、あなたたちは最善が何であるかを知らないか、あるいは最善を望まない場合があるため、私があなたたちを助けているのだ。この助けも、あなたたちが自ら進む心を持っている時、完全に成し遂げられる。私はあなたたちの耳にささやくが、あなたたちは耳を閉じる。『これは主の声だったのだろうか?違うだろう、そんな些細なことなのに、これを私がする方が皆にとって良いのではないか?』このように考えて、あなたたちはただ自分の思い通りにしてしまうのだ。」
「しかし、時間が経ち、お祈りする時、依然としてその小さな声が再びあなたたちに聞こえてくる。すると、あなたたちがその声を無視したために、それが本当に私なのかと疑うようになり、もしそれが私だとしたら、あなたたちは私の助言を聞かなかったという思いに駆られ、罪悪感に陥る。このように、あなたたちは信仰のない態度の悪循環を作る。そしてこれはあなたたちに大きな損害と不利益をもたらすのだ。」
「私があなたたちの中の多くの者を、真理の御言葉の働きに用いたいが、私を無視することにあまりにも慣れてしまったあなたたちは、私の声に未だ気づいていない。あなたたちの良心をもっと細心の注意を払って、綿密に扱ってほしい。私の意志ではないかもしれないことを、あなたたちが押し進めていきたい時、あなたたちの霊を細心の注意を払ってチェックし、聞いてほしい。」
「私はあなたたちの右側にいて、正しい選択を勧め、間違った選択を阻止しようと努力する。しかし、私のすべての花嫁たちは、非常に強い意志を持っている。そうでなかったら、あなたたちは終始変わることなく、私にすがりつくことはできないだろう。しかし、あなたたちの意志は、私の意志と一致するように訓練されなければならない。そうすることによって、あなたたちはすべての決定で大きな利益を得るだろう。」
「あなたたちが従順である時、それがあなたたちにどれほど大きな幸福をもたらすか、あなたたちは知らない。そして、あなたたちが従順である時、私はあなたたちをはるかによく守ることができる。」
この時、私は主にお話ししました。「はい、その通りです。私が数十年来初めて交通事故に巻き込まれたあの時を覚えています。それも、主の保護のおかげでした。私たちは葬儀の夕食に向かっていました。後から人が集まる前に、Walmartに立ち寄っていくつか物を買おうとしました。Walmartには後から行くべきだと感じましたが、私はWalmartに行きたかったので、そこに行きました。買い物を終えて私のトラックに座っていると、ある女性がバックして私のトラックに衝突し、それが私のせいだと主張しました。状況はとても混乱しました。」
主は、悪魔たちが私を狙っていることをご存じでした。私は囲いを抜け出し、高慢とわがままで自分の思うままに行動したのです。それで、主は悪魔たちが私に手出しするのを、お許しになりました。私が良心を刺す感覚に従順であったなら、その事故は決して起こらなかったでしょう。
「私の大切な子供たちよ、そこに行くなと言った時、あなたたちが聞かない場合、私のできる唯一の方法は、あなたたちがその罠に陥るままにさせておくことだ。このようにして、あなたたちはだんだんと、あなたたち自身の判断よりも、私の判断に頼ることを学ぶ。あなたたちのやり方で物事を行うことは、犠牲を伴う場合もあるが、その犠牲を通して学ぶことがあるため、それも有益だ。」
「さて、これらのことを知ったのだから、あなたたちが私の小さなささやきを聞いて行うなら、祝福があるだろう。私はいつもあなたたちと共にいて、あなたたちの右側にいて、正しい選択へとあなたたちを導こうとしている。私に頼ってほしい。愛する子供たちよ、私に頼ってほしい。」