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612. 罪なき者たちの虐殺、祈ってほしい

罪なき者たちの虐殺、祈ってほしい

2026年4月8日

このメッセージが、私たちの心と考えに深く根を下ろし、私たちに祈りに向かう霊感が注がれるよう、お祈りいたします。祈りの中で、私は「大虐殺」という言葉を聞きました。

イエス様がお話し始められました。「罪なき者たちの虐殺を描写する言葉が、どうしても見つからない。この血生臭い包囲攻撃には、いかなる理由も、根拠もない。ただ狂気であるだけだ。ああ、クレア、この罪なき者たちのために、祈ってほしい。彼らの国に行なわれることのために、私の心がどれほど痛むか知れない。そうだ、サタン崇拝者たちは、サタンに捧げる献げ物のために、このようなことを企てるのだ。あなたたちは、このような悪に立ち向かい、祈ることができる。あなたたちにはできるし、私は応えるだろう。世の至る所で、このような多くの出来事が起きているが、あなたたちは政治的な重要性がある時にだけ、それについて少し耳にする。私を知らない者たちの回心のために、祈ってほしい。少なくともこのような方法によってでも、その罪なき者たちは、私と共に天国に入ることができるからだ。この地を赤く染めているのは、火のためだけではなく、すでに始まった虐殺のためなのだ。失われた魂の一つひとつが、私の父の心に破壊的な苦痛を引き起こす。始まったのだ、クレア。あなたが警告されていたすべてのことが、始まったということだ。そうだ、注ぎ出しがあったのだ。」

ヨハネの黙示録16章で、七人の天使は、地に神様の怒りの鉢をぶちまけるよう命じられますが、これは最後の過酷な裁きを象徴しています。これらの災難は、エジプトの災いを反映しており、獣の刻印を受けた者たちを標的にしています。これらの出来事には、激しい痛みを伴う腫れ物、海が血に変わること、川の水が干上がること、猛烈な暑さ、暗闇、そして巨大な地震などが含まれますが、これらに限定されるものではありません。

ヨハネの黙示録16章に描写されている七つの鉢の裁きは、次の通りです。

第一の鉢:獣の刻印を受けた者たちに、有害で痛ましい腫れ物が生じる。 第二の鉢:海が血に変わり、すべての海の生き物が死ぬ。 第三の鉢:川と水源が血に変わる。 第四の鉢:太陽が火で人々を焼く。 第五の鉢:暗闇が獣の座と王国を覆い、苦痛による苦しみをもたらす。 第六の鉢:ハルマゲドンの戦いを準備するために、ユーフラテス川が干上がる。 第七の鉢:巨大な地震と大きな雹。「すべては成し遂げられた」が起こる。

これらの裁きは、キリストの再臨前の神様の怒りの絶頂を意味し、聖徒たちを迫害した者たちに対する正義の裁きに焦点を合わせています。これらの裁きは迅速で絶対的であり、悪を罰するために定められたものとして描写されています。このことが始まりました。「主よ。私がどのように応じるべきか、どうかお話しください。」

「私を慰め、最後の瞬間の回心があるよう、魂たちのために祈ってほしい。なぜなら、私の天使たちが魂たちを刈り入れるために遣わされており、魂たちが私と共にいることを、私は切に望んでいるからだ。どうかこの回心のために、祈ってほしい。あなたの祈りの効果が、あなた自身に感じられない時でさえ、その祈りは本当に価値があるということを、あなたは知っているだろうか。祈りは価値がある。もちろん、苦しみを受ける者たちの祈りは、はるかに大きな価値がある。私は、この地とその上に生きる者たちへの働きを終わらせてはいない。むしろ私は、計り知れない回心の恵みを注ぎ出しており、あらゆる瞬間が重要なのだ。すべての祈り、すべての手紙、すべての賛美、すべてのチラシ、すべての差し伸べられた手が違いを生み出す。だから、諦めることなく、収穫の畑で落ち穂を拾い続けてほしい。失われた者たちを私のもとへ連れて来るために、私が何を用いているのか、あなたには決して分からない。あなたが行なうすべての小さなことを、私が用いるという事実を期待してほしい。なぜなら、実際に私はそうするからだ。」

「多くの者が、祈りにおいて結果を見ることができないため、祈りに対して生ぬるくなる。私の民よ、あなたたちのいかなる祈りも、何らかの形で応えられないものはない。あなたたちが失われた者たちのために祈ることが、天国に至るまでは何の結果も見られないかもしれない。しかし、サタンの手下たちが、あなたたちの頭の中に無駄骨だという考えを吹き込んでいるとしても、決して祈りをやめてはならない。もしあなたたちの祈りに効果がないのなら、彼らはあなたたちのことなど気にも留めないだろう。だからどうか、私の言葉を信じ、最も無駄に見える時にも祈ってほしい。私を愛し、私を喜ばせたいという思いをあなたたちが抱いているのだから、私のために祈ってほしい。可能性が低く見えるほど、神様のまことという原理を思い起こし、そのまことに寄り頼んで、さらに祈らなければならない。私を愛する心で行なうすべてのことには、報いが伴う。もちろん、報いを求める理由で愛の業を行なえというのではないが、あなたたちが善い信仰を持って注ぎ込むすべての努力が価値あるものであり、報いを受けるという事実を知ってほしい。あなたたちが怒りの鉢の時期へと足を踏み入れている今、これは特に確かなことなのだ。私はまた、あなたたちが他の人々の苦しみにさらに敏感になれるよう、あなたたちの心を柔らかくするだろう。天国にある心は非常に柔らかく、この地のすべての必要に応じる。あなたたちの心も、そのようになってほしい。人々の苦難を見て祈ることが、この目的を果たすだろう。」

アーメン。