621. 主は私たちと対話することを切望しておられます
主は私たちと対話することを切望しておられます
2026年5月13日
愛する皆さん、私たちが主から御声を聞く独特な方法を分かち合う間、主が皆さんの理解する目を開いてくださるよう願います。アーメン。
エレミヤ書29章13節の御言葉から始めたいと思います。 「わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、 わたしに出会うであろう、と主は言われる。」
これが、神様と対話する方法です。
愛する皆さん、主は皆さんを待っておられます。例えば、聖霊の油注ぎを受けた御言葉を読みながら、主の心に何があるのかを語ってくださるよう、主に尋ねてみてください。「主よ、主の心には何があるのですか。」「御言葉を通して私に答えてください。」
それでは、主との対話はどのようにして起こるのでしょうか。
第一に、すべての罪を告白し、心から悔い改めることから始まります。
真の悔い改めほど、主がご自身を現されるように導くものはないからです。
第二に、悔い改めのお祈りをし、まさに今この瞬間に主が抱いておられる意志を現す御言葉を、聖霊が選んでくださるようにお願いします。深く悔い改める心で主のもとへ進み出てください。そして、どんな聖なる書物からであっても、主はレーマの御言葉として選ばれることができます。
レーマの御言葉のために、私たちが推薦し、使い続けている本には次のようなものがあります。Saint Faustina Kowalskaの『わたしの霊魂における神のいつくしみ』、『キリストにならいて』、『あなたが罪の中を行なうとき』、『イエスの胸もとで―心が心に話しかける時』、『聖フランシスコの小さき花』、またはさらに良い本としては『アシジの聖フランシスコ伝記資料集』、聖書と聖書の約束、Alexander de Rouvilleの『マリアに倣いて』があります。この本は、イエス様のお母様の視点から、イエス様をお喜ばせすることについて書かれた本です。
これらの本の中には聖母マリアに関する本もありますが、これはマリア崇拝に関するものではありません。Pauline Books and Mediaから出版された『霊的日記』、そして聖人たちの選ばれた御言葉と模範に関する本もあります。
(ちなみに、あなたが罪の中を歩むとき、聖書の約束、マリアに倣って、霊的日記。この4冊は日本語で出版されていません。ここでは単にタイトルだけを翻訳しました。)
第三に、イエス様の御名によって、すべての偽りの霊と靈媒の霊を縛り付けてください。そして、その本をキリストの尊い血で覆ってください。注意深く十字のしるしを切り、人差し指で聖書や本を無作為に開いてください。左上のページの最初から、右下のページの最後まで読み始めてください。するとある瞬間、皆さんの注意を引いたり、心に小さな震えを起こさせたりする何かが現れるでしょう。その部分をゆっくりと、深く考えながら読み返してください。現在皆さんが置かれている状況と、どのような類似点があるのかを見つめてみてください。その問いに答える御言葉を得るまで、このことをもう二度繰り返してください。
例えば、情欲や嫉妬、偽りに関する御言葉が出たなら、主が皆さんをそのようなものから遠ざかるよう導いておられることが分かります。しかし、聖霊や神様の愛、喜びに関する御言葉が出たなら、主が皆さんの選択を確かに支持しておられるということです。
愛する皆さん、主は私たちが考えるような方法では考えられません。ですから、黙想する心の状態でいることが非常に大切です。Jennifer LeClaireが語るように霊的な耳を開き、神様の御声を真に聞いてください。また、神様の油注ぎを受けた御言葉、すなわちレーマを得る方法についての、より完全な教えも見つけることができます。レーマとは、ギリシャ語で神様の言葉という意味です。「神様の油注ぎを受けた御言葉を得るために聖書を使用する方法」という動画シリーズの第4部に、その内容があります。
そのシリーズは、YouTubeのHeartdwellersチャンネルにおいて、「主から御言葉を受けること」という再生リストを通じて見つけることができます。この再生リストには、神様の御言葉を得る練習を始め、定着させるのに役立つ資料がたくさんあります。
皆さんが自分の意志よりも主の意志を心から求め、もっと知りたいと願うなら、主はそのような姿を喜ばれ、主の意志を現してくださるでしょう。皆さんが悩んでいる決定について、主の意志を確かに知るために、3回にわたってレーマの御言葉を求めることを連続して行なうことが重要です。そうすれば、主の確認を受けることができるからです。
海を航海する人々は、星を見て方角を定めます。そうしてこそ目的地に到着でき、南極の氷山に閉じ込められずに済むのです。私たちに主の意志を現してくださるよう求めることは、明らかに聖書的です。以下には、それを聖書的に裏付けてくれる良い資料があります。
ああ、主よ、主と共に生きていくことは、どれほど素晴らしい冒険であるか分かりません。この方法は、実際40年間にわたって私たちに効果がありました。私たちはレーマを求める方法を使い、かなり入り組んだ荒波を航海してきました。レーマの御言葉を求める方法は、くじを引くことと同じ原理です。イエス様の弟子たちが、ユダの代わりとなる人が誰であるかを知るためにくじを引いたときも、同じ原理でした。まったく同じ原理です。
レーマのウェブサイトのリンクは、www.heartdwellers.org/rhema-page.html です。
くじとは御言葉です。くじを引くことは、主から御言葉を受けることと同じです。それらの御言葉は、レーマである発話です。これは単に聖書的な方法であるだけでなく、私たちの意志よりも聖霊の意志を求める者に与えられた、真実で真剣な方法であることが分かるでしょう。レビ記、ヨシュア記、サムエル記、歴代誌上、ネヘミヤ記、詩編、ヨエル書、オバデヤ書、ヨナ書、ナホム書、マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書、使徒言行録は、すべてくじについて語っています。くじは、まさに同じ原理と信仰に基づいたものです。神様が皆さんの指を導かれ、神様が皆さんに何を行なうことを望んでおられるのかを悟らせる、正確なページを開くようにお任せするのです。
私たちがレーマと呼ぶものは、神様が霊感を与えてくださった御言葉です。皆さんと、皆さんが置かれている現在の状況のために、主が油注ぎによって確認してくださる御言葉です。レーマの御言葉は、どのような形で訪れるのでしょうか。聖書の御言葉であることもあれば、車のステッカーの文句であることもあり、賛美や動画であることもあります。また、私たちのレーマのページで受け取ることができる、聖なるカードであることもあります。そのページは、heartdwellers.org/rhema-page.html です。このレーマの保管場所には、千を超えるレーマの御言葉があります。一つをクリックすると、一つの御言葉が現れます。
箴言16章33節は、父なる神様、主が私たちの前途のために決定してくださるよう求める、最も推奨すべき方法を非常に明確に説明しています。
「くじは膝の上に投げるが、ふさわしい定めはすべて主から与えられる。」
そうです、決定を下される方は神様です。このチャンネルのメッセージでイエス様がおっしゃったように、神様は聖霊を通してそのようになさいます。イスラム教徒の目をくらませる多くの神々の罠に陥らないでください。聖書は創世記1章26節でこのように語っています。「神は言われた。我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。」
神様が「我々」とおっしゃったとき、それは神様の三位一体的な本質を指したものです。それぞれは区別された姿で現れますが、それでも唯一の神様であられます。人の霊は父なる神様を表し、人の体は受肉されたイエス様、すなわち聖なる三位一体の第二のペルソナを表します。そして私たちの不滅の霊は、神様の第三のペルソナであられる聖霊を表します。父なる神様は、神の霊を指します。神の子はイエス様、すなわち受肉された主を指し、すべての善いものを創造された愛の導き手であられる父を通して魂を導かれます。聖霊は、神様の本質を指します。聖霊は私たちの内におられ、私たちを導き、その導きを通して私たちが正しい道へと進むようにしてくださいます。
くじを引くと言うとき、それは本から御言葉を選ぶことや、指を使って正しい紙を引くことを聖霊に完全に委ねる過程と同じです。皆さんは、ご自身の手を神様に差し出すのです。そうすれば、主だけが最も良い答えを選んでくださいます。皆さんは靈媒の霊や悪霊ではなく、神様に願い求めているのです。皆さんは、神様が愛しておられる子供として父に願い求めているのです。皆さんの心が純粋であるため、神様は答えてくださるでしょう。
皆さんに小さな秘密を一つお教えしましょう。これは私が40年間、自分の人生の導きを受けるために使ってきた秘密です。唯一の神様であられるイエス様と父なる神様と聖霊、この三つのペルソナは、皆さんが想像したり信じたりすることができる以上に、はるかに切実に皆さんと交わりを持つことを望んでおられます。主は理解されることを望んでおられます。皆さんは主を切望する程度ですが、主は皆さんと離れている一瞬一瞬を痛ましく思っておられます。主は私たちに語りかけることを望んでおられ、10年後に深く後悔することになる災いのような決定を、防ぎたいと願っておられます。
なぜでしょうか。主は私たちが栄え、祝福を受けることを望んでおられるからです。しかし、その祝福へと続くまっすぐな道をご存じなのは、ただ主だけです。誰も主ほど正確に私たちに語ることはできません。教会の牧師も、霊的指導者も、教授も、夫も、妻も、そのようにすることはできません。私たちの人生の目標へと向かう、正確で正しい道をご存じなのは、神様だけです。
人々は私たちに助言することもでき、その助言は非常に良いものであるかもしれません。良さそうに聞こえるかもしれません。祝福をもたらすかもしれません。しかし、真に正確にご存じなのは神様だけです。私たちの真の目標へと向かう正確で正しい道をご存じなのは、神様だけです。
ここに、いくつかのレーマの御言葉を得る方法があります。主の静かで小さな御声を聞くことができないとき、主の御言葉とみ思いを得る最善の方法です。聖書の中でこの方法がそれほど多く言及され、用いられている理由がまさにこれです。イエス様は、主の御言葉を受ける前に、偽りの霊たちを縛り付け、罪を告白するように教えられました。
レビ記16章8節にもこのように記録されています。
「アロンは二匹の雄山羊についてくじを引き、一匹を主のもの、他の一匹をアザゼルのものと決める。」
ヨシュア記18章6節です。「土地を七つに分割したら、その記錄をわたしのところに持って來なさい。わたしたちの神、主の前で、わたしはあなたたちのためにくじを引く。」
この御言葉は、神様の御心に従って土地を分けるためのものでした。
ヨシュア記18章8節です。「その人たちは立って行った。土地の記錄を作るため出発する者たちにヨシュアが、「土地を巡回し、記錄を作り、戻って來なさい。このシロで、主の前にわたしはあなたたちのためにくじを引こう」と命じ終わると」
ヨシュア記18章10節です。「ヨシュアは、主の前で彼らのためにくじを引き、イスラエルの人々に決められた割り当てに従って土地を分配した。」
サムエル記上14章42節です。「サウルは言った。わたしなのか、息子ヨナタンなのか、くじをひきなさい。くじはヨナタンに当たった。」
歴代誌上24章31節です。「彼らは、その頭の家系の者もその弟たちの家系の者も、アロンの子らである兄弟たちと同様に、ダビデ王とツァドク、アヒメレク、祭司とレビ人の家系の長たちの前でくじを引いた。」
歴代誌上25章8節です。「彼らは年少者も年長者も、熟練した者も初心者も区別なく、くじによって務めの順番を決めた。」
歴代誌上26章13節です。「彼らは年少者も年長者も家系ごとにくじを引いて、それぞれの門を決めた。」
ネヘミヤ記10章35節です。「わたしたち祭司、レビ人および民は、薪の奉納についてくじを引いた。律法に書き記されているように、毎年定められた時に、神なる主の祭壇の上で燃やし、各家族が順番に薪をわたしたちの神殿に納めるためである。」
詩編22編18節です。「わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く。」
ヨエル書4章3節です。「彼らはわたしの民の運命をくじで定め、遊女を買うために少年を売り渡し、酒を買うために少女を売った。」
オバデヤ書1章11節です。「お前が離れて立っていたあの日、異国の者がエルサレムの財宝を奪い、他国の者がその門に入り、エルサレムをくじ引きにして取ったあの日に、お前も彼らの一人のようであった。」
ヨナ書1章7節です。「さて、人々は互いに言った。「さあ、くじを引こう。誰のせいで、我々にこの災難がふりかかったのか、はっきりさせよう。」そこで、くじを引くとヨナに当たった。」
船が沈みかけていたからです。そのため彼らはくじを引き、くじはヨナに当たりました。そして実際にヨナは、主に背いて船に乗って逃げていたのです。
ナホム書3章10節です。「彼女もまた捕らえられ捕囚として連れ去られた。乳飲み子すら、すべての街角で投げ捨てられ、貴族たちはくじで分けられ大いなる者も皆、鎖につながれた。」
マタイによる福音書27章35節です。「彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、」
ルカによる福音書23章34節です。「そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。」
使徒言行録1章26節です。「二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。」
このように、くじはKing James聖書では21の箇所にわたって登場します。聖書そのものが、聖霊の働きを通して神様の御言葉を得るためにくじを用いるよう語っています。また聖書は、くじを正確にどのように用いるべきかも教えてくれます。これが、レーマという方法が生まれた背景です。
レーマは聖書と同じくらい古い方法であり、まず祈って偽りの霊たちを縛り付けた後、レーマを通して主の意志を現してくださるよう、願い求めたすべての人に用いられてきました。これは、一人の魂と愛する主が交わりを持つための、非常に信頼すべき方法となってきました。
皆さんもこの方法を使ってみてください。そうすれば、結果を導かれる方が聖霊様であられることを、はっきりと知るようになるでしょう。しかし、占い師のように振る舞おうとする意図を持っているなら、それは正しい方法ではありません。そうすれば大きな問題に陥ることになります。靈媒の霊の声を聞くことになり、深刻な誤った道へと導かれる可能性が高いです。しかし私たちが誠実に罪を告白し、神様の御心を行なうために神様の意志を求めているなら、主は私たちがいるまさにその場所で出会ってくださり、私たちに必要な知恵をもたらしてくださるでしょう。
聖書の約束を使うときにも、同じように聖霊様は働かれます。聖書の神様の約束だけが集められた小さな本を用いるのです。そして、クリスチャン・ミュージックの再生リストをランダムや、シャッフルに設定して聴くときもそうです。私がイエス様に賛美をシャッフルしてくださるようにお願いすると、イエス様はいつもご自身のお好きな賛美を2曲続けて流してくださるように思えます。このようなことは何度も起こりました。
どうか、このような方法に同意しないかもしれない人々と無駄な論争に巻き込まれ、心を痛めるようなことを許さないでください。私が聖書や様々な資料を通して提供した情報を用いて、皆さんご自身でまず判断してください。その上で、この方法が聖書的であるという事実を他の人々にも思い出させてあげてください。もし人々が同意しないとしても、彼らの戦いは皆さんとの戦いではなく、神様との戦いになるのです。
主の意志とレーマの御言葉を得るこの方法は、長い伝統を持つ方法でもあります。AvilaのTeresaは、祝別された聖体の前で礼拝しながら沈黙の中で座っているとき、沈黙を破るために聖なる本や聖書を無作為に開く方法を通じて、主の意志を得る方法を共同体の修道女たちに教えました。Carmelite修道院で行なわれていた方法です。
この方法は私にとっても、イエス様との友情から主の花嫁になるまでに導いてくれながら、私の人生を変えてくれました。主が一瞬一瞬、私をそのように導いてくださらなかったなら、決して可能だとは想像もできなかった冒険に満ちた道へと私を導かれました。皆さんもご自身でこの方法を試してみて、イエス様がこのような方法を認めておられるのかそうでないのか、主と皆さんとの間で分別してみてください。その時その時、皆さんが置かれた状況に応じて方向を指し示し、状況を治めておられる方が確かに存在することを悟るのに、長い時間はかからないでしょう。この方法は、私たちのウェブサイトが開設されて以来、イエス様が私たちに勧め続けてこられた方法です。
このメッセージが私たち皆にとって祝福となりますように。私たちにできる最も重要なことは、私たちが神様の意志と神様の時の中で動いていることを、確かに知ることです。
愛する皆さん、神様が私たち皆を祝福してくださるようお祈りいたします。そして、非常に有益なこの道具をくださった神様に栄光をお返しします。