549. 傷ついた葦を折らない主
傷ついた葦を折らない主
2016年1月2日
私たちの主イエス様と聖霊様の甘い祝福が、Heartdwellersの皆さん全員と共におられますよう、お祈りいたします。
主は、私たちが傷つくことをお許しになることもあり、また、包み込んでくださいます。主は、その両方をしてくださいます。主は、私たちを新しくし、私たちを助けることに長けておられます。今夜、主は癒しについておっしゃいます。
私は主にこう尋ねました。「主よ、今日、主の御心には何がありますか?」
「あなたたち全員が一つにならなければならないということだ。まるで私が父と一つであるように。」
これは、私が最近作成した動画、「魚を捕りに行きたいのに網が破れた」で言及した内容に関するものです。
はっきりお伝えしますが、私はすべてのブラジル人について話したわけではありません。ごく小さなグループ、深刻な攻撃を受けているおよそ400人について話しているのです。私の愛と憐れみは、彼らに向かっています。彼らは癒しが必要であり、彼らを取り巻く人々も癒しが必要です。主がおっしゃったことが、彼らの心を癒し、回復する助けになればと願っています。そのため、彼らが一つになれるよう願っています。なぜなら、これこそ真に主が望んでおられることだからです。
主は続けておっしゃいました。「このようなことは、魂が傷つき、自尊心が非常に低いときに生じる。魂は人々に受け入れられ、愛されたいと願うが、魂に根ざした傷はあまりにも深くて、他の人々を疎外してしまう。あなたもそのことを知っているだろう。あなたもそこにいたのだから。」
「はい、主よ、それは事実です。では、どうすればその状況を克服できるのでしょうか。」
「私のところに来て、あなたたち自身に対する考えを、私が再構築できるように許すのだ。そうすれば、私がその傷を癒す。私は魂を優しさで包み、魂が回復するまで祈る。心の中に深い傷を抱えている状態で、他の人々を正しい道に導くことは、非常に困難、あるいは不可能なことだ。もし傷を負ったリーダーが誰かを導けば、たいていその傷と似た傷を負った人々が彼に従うことになる。不幸は似た不幸を好み、傷ついた魂は傷ついた魂と共にいようとする傾向があるのだ。」
「傷ついた魂は、私を自分の中に住まわせることによって、互いを癒すことも、あるいは互いをより深い憎しみ、嫉妬、拒絶の穴の中へ導くこともできる。これが拒絶の根源なのだ。サタンは幼い頃からその根を成長させ、反抗を準備させる。あなたがクリスチャンになったばかりのときに学んだことは事実だ。拒絶は多くの悪魔たちを引き込む門を開き、特に反抗心を育てるのだ。」
「傷つき、打ち砕かれた魂は、最も貧しく、世話が必要な魂に属しているが、私はこのような魂を矯正するのは嫌だ。だが、彼らが他の人々を攻撃し、私の体である教会を傷つけるとき、私は問題提起せざるを得ない。」
「私の愛する、聖なる者たちよ、私があなたたちを愛で覆ったように、あなたたち自身を愛で覆ってほしい。あなたたちが私と共にかなりの時間を静かに過ごすたびに、私はあなたたちに安息を与え、あなたたちの魂を回復させるだろう。嫉妬と否定的な考えが心から湧き出るのを感じるとき、すぐに私のところに来てほしい。それを告白し、赦しと癒しを願い求めてほしい。私の意志は常にあなたたちを完全にすることであり、私の体である教会が完全にされることだ。だが、あなたたちの協力が必要だ。自己義は毒であり、これが私から来たものではないことを認識してほしい。自ら正しいと思い、他の人を攻撃し、欠点を探すとき、あなたたちは私の名誉を守っているのではない。私の体に分裂を助長し、網を破いて、私が捕らえた魚たちを追い払っているのだ。私が捕らえた魚たちを、だ。」
「ああ、悪い手本によってつまずいた魂たちのために、私がどれほど悲しく泣いているか、あなたたちは知らないだろう。魂たちはクリスチャンたちが互いにすることを見て、自分が抱いていた希望が粉々に打ち砕かれるのを見る。私もそれを見る。真に私を知る魂たち、祝福されたある魂たちは、そのような姿が私の意志でもなく、私の道でもないことを察する。だが他の人々は、それが私の意志ではないと認識できず、霊的な空虚さを満たすためにニューエイジや、呪術や、占星術のようなものに目を向けるのだ。」
「ニューエイジを信仰する多くの者たちが、兄弟を愛することに非常に集中している。ニューエイジがなぜそんなに成功しているのか、知りたくないか?まさに自己義に陥り、批判的で、裁くことを好むクリスチャンたちが、深い霊の世界を探し求めている飢えた魂に、背を向けさせるのに大きな役割を果たしているからなのだ。ニューエイジがあらゆる面で純粋だと言っているわけではないが、私が教会と呼ぶしかないような名ばかりの教会が、ニューエイジの数を増やすのに決定的な役割を果たしているのだ。」
「クリスチャンたちが真のクリスチャンのように行動し、私のように行動するようになれば、魂は私を探し求めるだろう。それまでは、魂たちが愛を説き、愛を教え、愛をもって生きる模造品の中に安らぎを見いだすだろう。このことを知っておいてほしい、ニューエイジに属する者たちの一部は、教会にいるよりも、そこにいる方が安全なのだ。なぜか?その中で愛の訓練を受けながら、彼らは私、すなわち愛を発見するからなのだ。彼らは否定的な考えに深く陥るよりも、愛を受け入れる。適切な時が来れば、私は私自身を彼らに現し、彼らの心を開かせるだろう。なぜなら、私の教えに従わないクリスチャンたちによって傷つけられた魂は、すでにキリスト教に対して堅い障壁を築いているからだ。」
「私の心を知らないか、私の心を持っていない人々が、聖書を教えている。この者たちは、おおらかさ、すなわち慈悲の法を、人生の経験を通して学ばないまま、律法的な訓練を受けた。これが、あらゆる世代にわたるファリサイ派の人たちを生み出す結果となる。彼らは、外見ではファリサイ派の人の姿がよく現れているが、内面ではファリサイ派の人の姿が溢れかえっている。この世代の多くの説教者たちを、私の民を導くために選ばなかった理由は、ここにある。私が、私の心に従う牧者たちを立ち上がらせている理由も、ここにある。この牧者たちは、もともと傷ついた魂だったが、私の愛を探していて、自分たちが癒されるまで私にぴたりと寄り添っていた者たちだ。彼らは、世が認めるいかなる資格証明も持たないが、今、私は彼らを私の愛の油注ぎで癒し、その癒しの油注ぎが満たされた深い傷跡を私の資格証明として、他の傷ついた魂たちに派遣している。」
「私は『後になった者が先になり、先になった者が後になる』と言ったが、彼らのことを言ったのだ。そして、後で雇われた働き手の賃金が、最初から雇われた働き手の賃金と同じだろうと言ったのも、彼らのことを言ったのだ。彼らは、私のために聖なる国を建設し、あらゆる偽り、あらゆる宗教の霊、あらゆる自己義と高慢の小道を平らにしてまっすぐに整え、私に来る道を準備する世代だ。」
「私が裁きに来たのではなく、愛しに来たのだ、癒し、励ましに来たのだということを、魂たちが理解するなら、そのような魂には誰でも希望がある。私の優しさと親切さを伝える、私の代弁者たち、女性たち、そのすべてが私には必要だ。記されているように、私は傷ついた葦を折らない。」
(イザヤ書 42章1~3節) 見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。わたしが選び、喜び迎える者を。彼の上にわたしの霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す。彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく、裁きを導き出して、確かなものとする。
主が今日のメッセージでおっしゃっていることは、イザヤ書42章に記されているように、主の心に従う牧者たちも、主を倣っていくでしょうという意味のようです。
主は、Heartdwellersの皆さんのすべてを祝福なさって、私たちすべての者に癒しと、新たな理解をくださいますようお祈りいたします。主は、私たちを癒され、私たちを立ち上げるために、私たちと共にいてくださいます、アーメン。